別に。と短く答えた英二の腹にアッシュは後ろから手を回した。ゆるりと英二を抱きしめる。キッチンで野菜を切っていた英二はその手を止めた。
アッシュは彼のやわらかい首筋に顔を埋める。機嫌直せよ。と言いながら。
だが英二は黙ったままで何も言わない。
彼はまだ怒っているのだろうか。やりすぎたか・・。
英二が本気でヘソを曲げた時、アッシュはこうして必ず機嫌を取ることにしている。
いつもは微笑んでいる彼の笑顔が見ることができないと、なんだか自分は落ち着かないのだ。
黒髪の彼の顔をどうやってこちらへ向かせようかと、彼に回した腕に力を入れて、少し強めに抱きしめなおした。
すると彼が前を向いたまま、包丁持ってるときは危ないからやめてよね。と文句を言った。が、その声はこころなしか明るい。
機嫌なおったのか?と思っていると、彼が面白そうに言葉を続けた。
「君。この間のシンとアーちゃんと僕の会話を聞いてたんだろ?」
バレたか。
アッシュはバツが悪くなる。
そんなアッシュに「僕たちの会話がそんなに気になるなら日本語を覚えればいいのに。」と英二はクスクス笑って言った。
・・・そんな気もないくせに。
この黒髪の恋人はアッシュが日本語を覚えるのを嫌がる。
いや。面と向かって彼がそう言ったわけではない。しかも彼自身はその事に気づいてないなかもしれない。だがなんとなくアッシュはそんな気がしていた。
俺が日本語を覚えていいのか?とアッシュはカマをかけてみる。
「俺はもうたくさんの日本語を覚えたぜ?”カワイイ””オハヨウ””コンニチワ””アリガト”・・・」
英二の首筋に顔を寄せたままアッシュは声を出す。そこでしゃべられるとくすぐったいんだけど、と首をすくめて身じろぎする英二にかまわず、アッシュは今まで聞きかじった日本語を並べ立てた。中には伊部に教えてもらった、英二曰く『外人さんが使うとなんだかおかしい』日本語も混ざっている。それを聞いた彼がアッシュの腕の中で黒髪を揺らしながら楽しげな笑い声を立てる。もうホント料理のジャマだからやめてくれる?と言いながら。
どうやら彼の機嫌は直ったようだ。
いつしか英二は包丁をまな板の向こう側に置き、自身の腹に回されたアッシュの腕を軽く掴んでいた。
そしてアッシュは少しためらいながら、最後にあの言葉を言おうとする。
一度、英二に教えてもらった言葉。
銃弾に倒れ、病院に伏せる英二に掛けて去ろうとした言葉。
あの時本気で口にした別れのー
「サヨ」
「アッシュ。」
前を向いたまま英二が少し強い口調でアッシュの言葉を遮った。
腕のなかでクルリと体勢を変え振り向き、大きなその黒い瞳でアッシュを見上げる。
「そんなに覚えたらもう十分だよ。君は日本で立派にやっていける。」
「・・・・だろ?」
俺は十分日本語を覚えた。だからこれ以上はもういいのさ。と取り繕うように軽く笑って腕の中の恋人の髪にキスを落とした。
アッシュは呟く。お前が嫌なら俺はこれ以上日本語なんか覚えない。と心の中で。
そんなアッシュに英二は微笑んだ。いつものやさしい笑み。普段の彼は感情が豊かだ。楽しいときは素直に笑い、怒った時は素直に顔をしかめる。ただ目の前の彼はー。
知ってか知らずか彼は時折こうして読めない表情を浮かべる。そのポーカーフェイスは独特だ。やさしく笑ってはいるが隙のない笑顔。心を見透かされることをやんわりと拒絶しながらも相手を傷つけようとはしないその微笑み。そこにはどんな感情が隠されているのだろうか。
英二はあれからアッシュと一緒に日本に行こうとは言わなくなった。まるでその言葉を発すると何かが起こるとでも思っているかのように。
何が起こっても俺はもうお前から離れないのに。
ーそんな顔で笑わないでくれ。
アッシュは英二に微笑み返し、先ほどは口にしなかった日本語を言ってみる。彼の黒い瞳をみながら。
「”スキダ。””アイシテル。”」
「・・・・たくさんの日本語を知ってるんだね。」
英二が困ったように笑う。なぜなら、アッシュがこの日本語を口にすると必ずそのあとゴネるのを彼は知っているからだ。
「なぁ。お前は?」
「・・・・”好きだよ。”」
「なんでだ。どうしてお前は”アイシテル”って言わない。」
そう食い下がるアッシュに、何回も説明したと思うけどね、と、英二はため息をついて言い訳し始める。
「日本語で”愛してる”って言うなんて、なんかうさんくさいんだよ。本当に”好き”なのかどうかクサいセリフ過ぎて信用ならない。少なくとも僕はそうだ。」
そして、だいたいアメリカみたいに、猫や杓子もアイラブユーアイラブユーって言わないんだ。と呟いた。
「アメリカだってそうさ。人による。」
「え?」
ーなんだ。その意外そうな顔は。
「映画じゃあるまいし、I love you なんて、そんなに使うものじゃない。そんなの家族でもないやつにポンポン使うやつは信用ならないヤツさ。」
「でも君・・・。」
「英二。”アイシテル”」
そこまで言われての告白の言葉に、アッシュの意図を汲み取った英二の顔が真っ赤になった。
I love you なんてそうそう誰にでも使うものじゃないんだ英二。軽い言葉だとでも思ってたのか?俺が軽く口にしてるとでも。
「君って・・・信用ならないやつだったんだ。」
そう来たか。
憎まれ口をたたきながら英二がアッシュの胸に顔を埋める。
彼のそれより広い胸のTシャツを両手で掴んで、そこに真っ赤な顔を隠すように埋めた英二を、アッシュは苦笑しながら見下ろした。
「”kawaii”な。英二。お前、耳真っ赤だぜ?」
アッシュは彼の顎を掴んで上を向かせようとしたが、英二はどうしても頭を上げなかった。仕方なくアッシュは彼の両腕を強く掴んで自分の身を屈めて彼にキスをする。最初の何度かは彼をなだめるための軽いキス。それは角度を変え、どんどん深いものになっていく。その深さにつれてアッシュはゆっくりと英二の背をカウンターにつかせた。そして彼の額に自分のそれをコツリと当てて、黒く濡れ光る瞳を覗き込んだ。
「使い方合ってんだろ?」
「“馬鹿“」
「・・・・お前。いまなんて言ったんだ?」
「『僕、いい加減晩御飯を作りたいからその手を離して欲しいんだけど』って言ったんだよ。」
と英二はニコリと笑った。その頬はまだうっすらと朱に染まっている。
お前、幾つの笑みを持っているんだ。
たくさんの笑みを器用に使い分ける彼に感心しながら、英二の機嫌が直った事に満足してアッシュは手を離す。
これ以上やってまたヘソを曲げられると機嫌のとりようがない。
晩メシが出来たら呼べよ。と英二に背中を見せて言い置き、アッシュはキッチンを出た。
君、間違ってもソファでうたた寝とかするなよな。と英二がその背中に声をかける。
そしてアッシュはリビングに向かい、ソファに寝転がってテレビをつけた。
チャンネルをいくつか回すがどれもくだらない番組ばかりだ。
ソファに置かれてあった雑誌を手に取る。英二がいつまでも購入しつづけている日本の漫画雑誌・・。
アッシュはそれを所在なげにパラパラとめくった。
右から左へと縦に読むその文字は何が書かれているのかアッシュにはさっぱりわからない。
アッシュの瞼が重くなる。昨晩も遅くまで起きていたのだ。だが、ここで眠ると・・。
夕食前にソファで眠った君を起こすのも大変だからやめてくれ。と英二には普段からよく文句を言われるのだ。
アッシュの瞼は次第に降りる。
その眼裏には、先ほど自分の腕の中で赤い顔を隠した英二の姿が浮かび上がる。
”kawaii”か・・。
アッシュの薄い唇の端が少し上がる。
pretty cute lovely charming・・・なるほどな・・。
そしてアッシュはやわらかくも気持のいい眠りの中へと落ちていった。
ーfin.
**************オマケ***************
英二に起こされ眼が覚めたとき、アッシュはさすがに英二の顔を見ることができなかった。
「・・・・君。僕、ソファで寝るなっていったよね?」
「・・・・・・・。」
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2013.06.23 17:21 | # [ 編集 ]
★>ウラチャロ様
こんばんわー。なんともすてきなコメントありがとうございます!
「新シリーズ、ドギマギしながら繰り返し」
わぁ。なんというもったいなくもうれしいお言葉。
ありがとうございます!なかなかですね。このシリーズはアップしづらいものがあったんですが。実は1話目と2話目の間ですっごくこのシリーズどうしたもんかと悩んでたんですけど。
もー。ウラチャロさんのために最後まで載せる~><
「大人な英二×アッシュ。 」
そうなんですよ。もう皆大人でしょ?(昔バナナにハマった私達も。)
そして、Aと英も大人だなぁ。と考えたときにですね。
大人な2人を想像しちゃって。そうするとですね。こんなカンジにw。
普段はもうキスくらいでは赤くならない2人という裏設定なんですが。(恋人になって数年たってる大人だから)
今回は”かわいい”という単語をつかってみたかったのでこんなカンジにしましたw
でもこのころの2人は普段はもう普通に真顔でチューですよ。チュー。(←力説するな)
テーマは大人な恋人の自然な関係♪です。
「すご〜く新鮮で」
そうか。なるほどなぁ。ありがとうございます。
うちの2人はちょっと王道からハズれているので。自分では本気で微妙なものをあげちゃったかと思っていたんですけど。
本当にそうコメントいただけると(涙)・・・。がんばろうって気に・・・・。ありがとうございます。
「この時の二人(A英)は何歳になって」
実は計算してみたことあるんですが。いくつになっても乙女な皆様の夢を壊しては申し訳ないんで。そっと私の胸にしまっておきますw
それでは。またおヒマな時に次作も見てやってくださいね!でわ~。
2013.06.23 22:59 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]
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2013.06.25 13:48 | # [ 編集 ]
★>ちょこぱんだ様
コメントありがとうございます。こちらは返コメ不要でなかったので返しちゃう~。
「トラウマになっちゃってるんですね」
そうそう。アッシュばっかりの心の傷を書いてきましたが、英二にもひとつ持たせてもいいんじゃなーい。とさりげなくこんなシリーズで(笑)書いちゃった。
「切なくってハッピーエンドな話、大好き」
そーなんすよ。私も大好き。主人公達が軽快に会話をするんだけど、なんかせつないってカンジにチョー萌えます。
「私までハ~トズッキ~ン」
おお。英二スキーのちょこぱんださんを、アッシュのネタふりwでズッキンさせたなんて!(嬉)
「と返してしまえる英ちゃん、ナイス」
ふふ。そこにつっこんでくださるちょこぱんださんが好きv。
好きなんですよねー。ヘラズ口。もといセリフ返し。
ここで、”そういわれた英二はますます顔が赤くなる”とか書いたり
”も・・もうアッシュってば!”(←誰コレ)とか書くより。
かわいくないセリフを英二が吐いて。それをかわいいと思うアッシュが好きv。
「「一筋縄ではいかないA×英」大好きです。 」
最高にうれしいお言葉。いただきました!ありがとうございます!
しかし・・どうでしたか?懇親用の顔つくれましたか?(汗)
そういうときはやめたほうがいいんじゃ・・。
逃げないですよウチの小説!(多分)
それではうれしたのしいコメントありがとうございました!
2013.06.26 19:58 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]
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2013.07.23 22:35 | # [ 編集 ]
★>aia様
「良いですーvv小葉さんっvv 」
わ~!ありがとうございまーす!
糖度シリーズは最初番外編も含めて5話だったんですが。気付けば5話中4話が英二視点で・・。
こりゃいくらなんでもまずいんじゃないの・・と。
慌ててこのアッシュ視点を書いたんですよ。マジで。
喜んでいただけると書いてよかったぁ。と思いますv。^^
「そうですねー英二の笑顔って、そんな感じですね「隙のない笑顔」。」
この人ねー。まったくもって典型的な日本人だと思うんですよね。
その笑顔で数々の事柄を乗り切ってきた。
アメリカで通用するかどうかわからないんですけど、アッシュは英二の事が好きだし。
アッシュは”お前笑ってないで自分の意見をはっきり言え”とボヤきつつも、そんな英二が好きなんじゃないかなぁ。って。
そうであってほしいなー。という願望w。
でもまぁ。うちの英二はアッシュには結構はっきりいいたいこと言ってますケドねw。
「アッシュの機嫌の取り方には身悶えました~vv」
ハハ。aiaさんのその感想に私が身悶えちゃいますよw。
「「サヨ」のところでウ~ッて来て、 「アイシテル」のところでク~ッて来て、 」
(苦笑)aiaさん。何言ってるかわかんないですよ。と思いつつ読んでたんですが、
「喜怒哀楽の“哀”と“喜”なのかな~。」
なるほどなぁ(しみじみ)。”哀”と”喜”ですね。
「グーッと感情移入出来ちゃうんですよね」
まぁ・・なんという嬉しいお言葉。ほんとにほんとに嬉しいです(大喜)
どうも感情を書くのが好きみたいなんですよね・・。
「ふたりの顔(表情)が目に浮かびますvv」
へー。どんななんだろ。aiaさんの頭の中を見せてー><。
「ジャーンプ(/▽≦)/彡して、つづきますー。」
またまたあざーす!
とりあえず、こちらにも嬉しい嬉しいコメントありがとうございました!
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