「新年のタイムズスクエアに行きたい、だと?」
やっと目を覚ましたアッシュは、英二の用意した朝ごはんを食べながら、呆れた声を出した。そして新聞から目を離して英二に問うた。
「まさか、ニューイヤーと同時に『タイムズスクエアでキスしたいの』なんてバカな観光客みたいな事いうんじゃないだろうな?」
手に持ったフォークを軽く振りながら皮肉を言ったアッシュに英二は真顔で答えた。
「まさか。思ってもみなかったよ。きみこそキスしたいのかい?」
「バッ」
その返答にアッシュは飲みかけたコーヒーを少し噴出し、咳き込んだ。そんなアッシュに英二は、「もう汚いなぁ」と呟きながらアッシュにティッシュボックスを向けて言葉を続ける。
「NYに十年以上住んでるのに一回も行ったことなかったなと思って。一度は行ってみたいと思ってたんだよね」
「あそこは観光客ばかりでニューヨーカーなんて一人もいやしねぇぞ」
「じゃぁ僕がその一人になるよ」
「夜は氷点下だぞ」
「NYで長年撮影してるからね。慣れてるよ」
「メイン会場に入ろうとすると朝から並ばなきゃなんねーぞ」
勘弁してくれと、両手を軽く振り上げたアッシュに英二が答えた。
「うん。だから、行ってくるね」
一人で。と英二は続けた。
は?と寝起きで頭の回らないアッシュに向けて、英二はすでに用意していた大きな黒いカメラ鞄を取り上げてみせてこう言った。
「帰るのは年が越してからだと思う。じゃぁね」
は?と朝食のソーセージに突き刺したフォークを持った手をそのまま止めてアッシュはしばらく固まった。
英二が部屋の扉を開けようとそノブに手をかけた瞬間我に返り、「待て待て待て」と声をかけて英二を引き止める。
そして二人は朝の10時過ぎにアパートを出た。
12月31日 15時45分
英二の出版関係者から無理を言って手に入れた関係者パスにより、大きな手荷物ーカメラ鞄ーを持って会場に入れた二人は、タイムズスクエアのメイン会場前に無事にたどり着いた。そしてすでに数時間は立っていた。
「寒い」
「うん。寒いね」
「寒い」
「そうだね」
「暇だ……」
「もうアッシュ!ついて来てって行ってないだろ。帰っていいよ」
「もう無理だ。ゲートが閉められた。腹減った」
ため息をついた英二はカメラ鞄を開けて中からサランラップに包まれたサンドイッチと水筒に入った暖かいコーヒーを取り出した。
「お。早く出せよ、そういうの」
「一人で来るつもりだったし、あんまりないよ」
少ないサンドイッチを二人で分け、水筒のコップに入れたコーヒーを回して飲む。
「お前わかってるな。やっぱりサンドイッチはピーナッツバター&ジェリーサンドだよな。うまい」
自分で作ったはずの、アメリカではかなりポピュラーなサンドイッチを目の前にして英二がなぜか黙り込んだ。
「どうした?」
「いや。ここに来たころピーナッツバターとジャムを同時に挟んだサンドなんてありえない、そんなの食べたくない、なんてアメリカンなんだ!と呆れてたんだけど」
「だけど?」
「今日一人で来るはずだったのにこんなの作っちゃって」
「ははぁ。自己嫌悪に陥ってる?」
「自己嫌悪っていうか、人って変わるんだなぁっていうか、カロリーが体に悪そうっていうか……お腹が成長しそうだなっていうか」
「お前、もうちょっと成長してもいいぞ」
「最近運動不足でさぁ」
「成長してもいいのは見かけだ。いい加減大人になれ」
「そのジョーク何年言い続けてるんだ。聞き飽きた」
「冗談だったらいいんだけどな」
先ほども、手荷物検査のゲートで関係者パスを盗んだ”少年”ではないかと訝しがられた英二であった。
寒さを紛らわすための、二人のさえない軽口とどうでもいい会話が永遠と続いた。
12月31日 18時00分
メイン会場では有名ミュージシャンの年越しライブが始まった。大音量で歌うミュージシャンに観客も沸き立つ。
人ごみの中、英二がカメラのレンズを付け替える。ファインダーをのぞきながらアッシュに声をかけた。
スピーカーから流れる音楽に声がかき消されないように英二は声を張り上げた。
「アッシュ!帽子配ってるよ!被れば?」
見ればスタッフがHappy New Year と書かれた紫と黄色のシルクハット型の帽子と長い風船などを無料で配布して回っているところだった。
アッシュも周囲の声に負け時と英二に向かって大声を出す。
「冗談じゃねぇ!」
「ハハ。きみがあの長い帽子被ってさ!」
「……」
「長い風船を振り回してさ!」
「……」
「Happy New Yearーーー!!! Woooooo~~~!!!なんて叫んでるところ、一度見てみたいね!」
ハハハ、と英二はそんなアッシュを想像して一人で楽しそうに笑った。
「……」
「ていうかそれ写真に撮ってアレックス達にみせてやりたいね。おもしろそうだなぁ」
と呟いた英二の声がアッシュまで聞こえたのだろうか。
「英二」
アッシュは低い声を出して英二を牽制した。
英二はカメラを持ったまま肩をすくめた。
12月31日23時59分
”……TEN! NINE! EIGHT! SEVEN! SIX! FIVE! FOUR! TREE! TWO! ONE!
「Happy New Year !!!」
誰かが叫んだ。
いや、そこかしこで新年を祝う声が聞こえていた。互いに笑顔で声を掛け合うもの。抱き合うもの。そしてキスするもの。
この世界的に有名な通りの、やはり世界的に有名な新年は例年どおりここに集まる人の笑顔と活気で溢れていた。
年明けと同時にタイムズスクエアから大きな花火が上がる。どこからともなく降ってきた紙ふぶきに新たな歓声が上がる。
先ほどまで有名なミュージシャンが入れ替わり立ち代り年越しライブをしていたメイン会場のスピーカーからは、ニューヨークの名を冠したおなじみのミュージカルのナンバーが陽気に流れ出した。
それに合わせて人々が歌いだす。
”ニューヨーク!ニューヨーク!”
誰もが誰かに言祝ぎし笑顔でハグする中、コートのポケットに手をつっこんで寒さに肩をすぼめ仏頂面でアッシュは不機嫌な声を出した。
「クレイジーだ」
繁華街のネオンやスクリーンに負けないくらい華やかなプラチナブロンドの髪を持つ彼は軽く頭を振る。
その隣で一眼レフカメラを構えた英二はファインダーから目を上げずにその言葉に答えた。
「なんで?楽しくていいじゃないか」
「英二。まだか。帰ろうぜ」
「アッシュ。写真に撮りたいのは今からだよ。もう少し待って」
英二はすこし屈んで、そしてレンズを上に構えた。
「魔法のようだね。きれいだ」
英二が呟く。
ファインダーの中に映るものは、煌びやかなタイムズスクエアのネオンとその逆光で浮かび上がる人々のシルエット、そして色とりどりに舞い踊る紙吹雪。その様はとても幻想的で美しかった。英二はシャッターを何枚か切る。
だが、周囲は新年で騒々しい人々ばかりだった。人とぶつかるとレンズがぶれて英二はシャッターがうまく切れない。
その時、歌を歌い、その歌に合わせて風船を振りながら楽しげに歩く数人が、英二の方向へと近づいてきた。
アッシュはその集団と英二の間にそっと割り込む。アッシュのその行動で彼らの進行方向が無理なくそれた。
夢中でシャッターを切る英二を少しの間アッシュは眺める。
そしてその場で舞い降りる紙ふぶきを静かに見上げた。
1月1日 0時58分
「そろそろ帰ろうか」
「やっと魔法がとけたか」
二人はタイムズスクエアに背を向ける。
この一時間ほどで、英二は何度も彼のカメラに陽気な人々を収めていった。
抱き合ってキスをしている白人の恋人同士。スローな曲にあわせてゆったりと踊っている年齢を重ねた黒人夫婦。女友人同士で来たのであろうおそろいのシルクハットと帽子を仲良く被っている中国人観光客。そのどれも英二は、軽く撮影していいかと声をかけて了解を撮っていく。アッシュはそのさりげなさに感心していた。
「お前すごいな」
声に出したアッシュに英二が答える。
「長年NYでスナップ写真ばかりとってると、写真とらせてくれる人かどうかカンが働くのさ」
そう言いながら、英二は道路に降り積もった紙ふぶき-それは本当に”積もって”いた-の上に笑って寝転がっている人を見つけて「Hi!写真撮っていい?」と尋ね「いいいよ!」と答えてもらってパシャリとシャッターを切っていた。
そうこうして歩いているうちに人も疎らになり、だんだんと通りも静かになっていく。
「やっぱり寒いね」
英二が震えて両手に自分の暖かい息を吹きかける。
コートのポケットにずっと収まっていたアッシュの手と違って、カメラをずっと両手で抱えていた英二の手先は冷え切っていた。
そのときアッシュの手が英二の左肩へと伸びた。
何も言わずにその英二の肩にかかっていた大きなカメラ鞄を取り上げ自分の右肩へとかけなおした。
アッシュと英二の間に合った大きな鞄がなくなって、二人の距離が近づいた。
「アッシュ?」
アッシュの左手が英二の右手をつかんだ。
そのままアッシュのコートのポケットへと収まる。
少し目を見開いて英二はアッシュを見た。アッシュは何もないように前を向いて黙って歩いている。
英二が微笑んで、ありがとう、そういえば言ってなかったね、と呟いた。
「Happy New Year アッシュ」
それを聞いたアッシュが英二を見て、唇の片方を上げて笑った。
「わっ!!」
アッシュのポケットに入っていたはずの英二の手が外に出され、それをアッシュがぐいと引っ張った。英二が体制を崩してアッシュに寄りかかる。
アッシュはもう片方の手で英二の顎を軽くあげた。そしてキスをする。
「Happy New Year 英二」
唇をゆっくり離して英二を見つめるアッシュの瞳はいたずらに成功した子供のように笑っていた。
英二はそんないたずらな恋人の瞳を見つめ返したまま彼に尋ねる。
「”バカな観光客”みたいなことしなんじゃないの?」
「ハッ。下手な観光客よりタイムズスクエアの年末を体験したさ。それこそバカみたいに早くから並んで、ステージを観て、カウントダウンして」
「そうだね、これで完璧だね」
英二が小さく笑う。
アッシュはもう一度、握った英二の手を自分の手と一緒にポケットに入れた。
それを合図に二人はまた、二人の住むアパートメントまでの家路へと着いたのだった。
-fin
どーもお久しぶりです。楽しんでいただけましたでしょうか?最後まで読んでくださってありがとうございました!久しぶりに書いた小説なのでなんかもっさりしてる気がしますが、ちょっとでも楽しんでいただけたらうれしいです。^^ケド自信ない
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2017.03.26 08:25 | # [ 編集 ]
>ちょこぱんだ様
「おはようございます。 またまたお邪魔しちゃいました。」
こんばんわ。いえいえ何度でも大丈夫ですよーv
おう。そうなんですか。お誕生日おめでとうございます! (*゚▽゚)/゚・:*【祝】*:・゚\(゚▽゚*)
て、遅すぎですけど・・・(ごめんなさい)
「ちっともアメリカンらしくないアッシュと、」
アッシュって皮肉屋で。実際に隣にいたら結構面倒くさ・・(ゴホゴホ)
何事にも一過言もっていて、受け答えに困るかもしれないかなぁ。と。
きっとこの人、年を取るごとに、いい感じにひねくれ者になっていきそうだと思うんですよね。
まぁでも、地元のイベントって地元民が一番行かなかったりしますよねぇ。
「NYの街に溶け込んじゃってる柔軟性のある英ちゃんと」
英二は、どこにいっても柔軟がありそうですよね。
この二人と一緒にご飯でも食べることになったら、アッシュの皮肉に英二のフォローがたくさん入って
実に楽しそうですよねぇ。
「「寒さを紛らわすための、どうでもいい会話が永遠と続いた」って所がナイスです。」
ありがとうございますv
仲のいい人同士でしかどうでもいい会話って永遠と続かないですよね。
もう、初めて会った同士で隣の席になった会社の飲み会で会話が続かなかったときのあの辛さときたら (´;ω;`)ブワッ
「とってもOne dayらしい話で楽しかったです。 」
ありがとうございます。
2人のなんでもない日常が書けたらそれがOne dayシリーズですv
「寒い日々になんだかほっこりとした気分になるお話を有難うございました。」
こちらこそコメントありがとうございましたvv
「「英二朝メシ」ってアッシュは恰好良すぎです。」
おお。ありがとうございます~。
「寝起きのもさっとした感じであんなに恰好良いだなんて、あんな人と普通に暮らしている英ちゃんは凄いと思ってしまいました。」
そーなのそーなの。
キメポーズもいいんだけど、普段の何気なーい仕草もいちいち格好いいんだろうなぁ。と思って。
だらっとソファーに座ってるアッシュとか、冷蔵庫を開けてるアッシュとか、本当に一緒に暮らしている人しかわからないような仕草を英二は見てるだろうなぁ。それがいちいちかっこいいんだろうなぁ、と。
もっと力量をつけて、いろんな”生活”してる二人を描いてみたいです。
コメントありがとうございますv
「ヘソ出し椿の英ちゃん色っぺえ~。」
ありがとぅ~~~。
なんかムラムラっと色っぽい英二を描いてみたくなって。
「原作でも時々色気をふりまいてますもんね。」
ですよねー。ちょっと目をすがめた感じの英二が色っぽいんですよねー。
もうあんまり覚えてないけど、雑誌の扉絵とか、二人の色っぽくみえる絵が多かったような気がする。
みんなでキャーキャー騒いだ記憶がある。
全扉絵集出してくれないかなぁ。
絶対買う。
「私、椿って元々好きなんです。」
おおぅ・・・。
ウチに西洋椿?カメリアフラテルムってやつが咲いてるんですよ。ピンクと白なんですけど、椿らしくボトッボトッと落ちるんです。
毎朝それを掃くんですが、なんか椿ってそれがいいですよねぇ。
「コッソリとイラストが増えていってるのも、楽しみにしています。 」
おおおぅ。
ありがとうございます。あそこは練習で描いた体になんとなく顔を載せましたってものを、アップしてるんですが、
思いどおりの絵を描けたらまたトップの方にも載せたいデスv
「風邪などひかれませんようお体ご自愛ください。」
ありがとうございます。雪柳が咲きはじめると桜もそろそろ咲くのかなと思います。満開のタイミングが一緒なんですよね。
春の花が咲くと私もウキウキするんですよ。春っていいですよね!
それでは、ちょこぱんださんも体調を万全に整えて今年の花見に挑んでくださいね。
2017.03.26 17:58 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]
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