鼻が曲がりそうな臭いを撒き散らしながら、
「アッシュ?・・・やっぱりアッシュじゃない!!やだぁ、久しぶりね!!」
真っ赤な爪を俺の肩に乗せ、そこに座るのが当然といった――――嫌な顔付きで、左隣の椅子へ腰掛けた。
「・・・・」レヴィ!!お前なんでこんな所にいるんだよっ!!
馴れ馴れしいソイツの態度に、俺の右隣に座っている彼の肩にピクリと動揺が走り抜ける。
機嫌を損ね、納豆尽くしのメシを食わされでもしたら堪ったものではないと――――瞬 時に判断を下し、
「・・・レ・・レヴィ、悪いな。今コイツと飲んでるから、またにしてくれ」
消え失せろ!!
そうそう邪険にも出来ない面倒な相手を、波風立たぬように追い返そうとする。が、
血でも啜ったような毒々しい真っ赤な口を耳元にすり寄せてきて、
「随分なご挨拶じゃない?一杯くらい奢ってくれてもいいでしょ?
あら?その子、可愛 いじゃない・・・」
酒焼けした低音のササクレ声でねぶられて、ついでに彼にも目を付けられてしまい渋々覚悟を決めた。
――――折角のデートをブチ壊しやがって!!
背後のテーブル席にいるボーンズに視線を送って、彼から絶対に目を離すなと無言で伝達してから、
「――――英二、悪いな・・・席を外してくれ」
怖くて見られない右隣のひとへ、聞こえるようにぼそっと呟く。と、
すかさず椅子から飛び下りて――――俺と彼の間に、体を割り込ませてきたレヴィが、
「あら!アタシは彼も一緒がいいわ!!・・・アッシュ、貴方ちょっと邪魔よっ!」
洋服からわざとはみ出させている、シリコンの胸の肉を彼に見せ付けるように微笑みかけて――――後ろの尻の肉で、俺を椅子から弾き飛ばそうとする。
矯正下着に包まれた、固いその肉に負けじと――――必死で椅子にへばり付きながら
「――――英二!!お前は向こうに行ってろっ!!」
大切な彼に指1本触れられないうちに、安全な場所へと遠ざけた。
「・・・アッシュ!いい加減教えてくれてもいいでしょ?
あの子、付き合ってる人とか居るの?」
「お前に関係ないだろ」居るに決まってんだろ!!俺だよ!俺!!
トイレの芳香剤のような臭いに顔を顰めつつ、随分と早いペースで杯を重ねていく彼を横目で盗み見る。と、
ほんのり頬を染めている彼の黒い瞳が――――トロンと力を失い、涙を抱いているかのように艶やかな光を放ち、
「ボーンズ!おかわりぃ!!次はもうちょっと強いのが飲みたいなぁ・・」
舌先でペロリと唇の縁を辿った瞬間、周りの野郎共が――――ゴクッと喉仏を動かした。
――――あいつらっ!!
舌打ちを堪え、邪魔者ばかりのここから、どうやって彼を家まで無事に帰らせるか頭を働かせていると、
「教えてくれたっていいじゃない~!ケチ!!
減るもんじゃあるまいし・・・ねぇ?教えてよ!」
血肉を引き裂いて染めたような爪を――――俺の二の腕に食い込ませ、彼の情報を何とかして吐かせようと、レヴィが酒臭い唇を近付けてきた刹那、
――――英二?
テーブル席で飲んでいた彼がすくっと腰を上げ、覚束ない足取りで――――真っ直ぐこちらに向って足を運び始めた。
気迫の篭った可愛らしい彼が、一歩一歩俺に近付いて来るのを、全神経を研ぎ澄ませて感じながら、
「レヴィ・・・臭いツラを近付けんなっ!」
「なによ失礼ね!!」
耳の直ぐ横にある、トイレの芳香剤を手を押し払い、もつれかかった不安定な足音に耳を傾ける。と、
空いている右隣に到着した彼から、ふわりと小さな風が巻き上がり――――甘い、ミルクの香りが漂ってきて、
「ね。君。今日は何時に帰ってくるんだい?」
舌足らずの物言いと共に、上目遣いに見詰められて――――前髪の隙間から覗く瞳に、誘われているような錯覚に陥った心臓がどくんと跳ね上がる。
叶う事なら、このまま彼と一緒に帰って、同じベットで横になって、モチモチの頬に頬擦りして、
おやすみのキスをして――――そして、許されるならその先へ進みたいと喚く欲望を宥めすかし、
「・・・リンクスの会合があるんだ」あいつらをキッチリ〆とかないと駄目だろ?
生唾を呑み込んだ奴等への制裁をしなければならない――――彼氏のボスの役目を伝える。
俺たちの会話に聞き耳を立てていたレヴィが、ギラッと目を輝かせ、
「あら!!じゃあエイジ!!アタシと一緒に帰らない?」
獲物に喰らい付くような嫌な光を灯し、俺の彼に気安く声をかける。
「――――レヴィ!!お前は俺と飲むんだよっっ!!」話しかけんな!汚れるだろっ!
「え~!?なんであんたと飲まなきゃならないのよ!」
二の腕を掴んでいるマニキュアの指へ、ふっと寂しげな瞳を落とした彼に、
違うんだ英二!レヴィはな、家までノコノコ着いてくるような厚かましい奴なんだよ!
おまけにな!!性転換の最中だから、男だろうが女だろうが両方こなせる兵なんだよ!
喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、
「・・・・だからお前は帰っとけ」コイツは俺が食い止めるから!!なっ!?
この場にいる誰よりも信頼のおける人物の――――その気の全くないボーンズを、人差し指を折り曲げて呼び寄せようとすると、
「・・・・・そっか・・」
掠れた声を紡いだ彼が微かに震えた指先で、俺のTシャツをつんと引っ張り――――
数年に一度の、甘えてくる彼の姿に、さっきよりも一段と跳ね上がった心臓がドクドクと耳煩い音を奏で出す。
――――英二っ!?
早摘みのアメリカンチェリー色の唇が、ぱくぱく卑猥に動いて、
「忙しいんだね。僕は君といたいのに・・・・
僕はいつも心配だよ。君の・・帰りが遅くなったときはいつもいつも。」
捨てられた子犬のように、小さく震えた瞳が真正面から俺を捉えて――――傷付いた笑みを見せる。
消え入りそうな彼の笑顔に、心が壊れてしまったように尖った痛みを訴えだし、
「用が済んだら直ぐ帰るから、な?」だから、そんな顔するなよ。
つい、いつもの癖で――――黒髪の指通りに癒されたくなった手を伸ばしてみる。が、
「・・・・っ・・」
触られたくないとでも言っているように、彼が素早く身をかわして逃れ――――初めて俺を拒否した。
――――英二・・・なんでだよ・・・
宙を彷徨っていた指をきつく握り込んで、張り裂けてしまったような胸の痛みに耐えていると、
悲しげに下がった口角を不自然に吊り上げた彼が、
「そうだ。でも今日は確かシンが前から見たいっていってたビデオが手に入ったってい ってたから、彼に電話するよ。僕もすごくみたかったんだ。
2人で見てる分には君も安心だよね。彼も腕は立つし。」
愛しい恋人の名でも口ずさむかのように、『シン』と唇を動かす時に――――綻んだ笑みを見せる。
――――っつ!!
その途端、早鐘を打ち始めた心臓が壊れそうなほど激しく脈動をし出して、
まるで、鷲の鋭い鉤爪で胸を掴みにでもされているような――――初めて感じるキリキリした痛みに、
心臓がどうにかなってしまったのかと、眉を顰めてじっと耐えていると、
「だから、一人でも大丈夫だよ。心配しないで。――――ね?」
言葉ひとつで、指先ひとつで、笑顔ひとつで、俺がこんな風になってしまう事を知らない彼が、
逢いたくて逢いたくて仕方がないんだと、瞳を細め――――シンに重ね合わせて、俺に笑いかける。
――――なんだよっ!!俺の事が好きだって・・お前、そう言っただろっ!!
さっき抱き寄せたばかりの彼の肩に、俺のではない腕が回されている幻影がチラついて、
「・・っ・・英二!ちょっと来いよっ!!」
木っ端微塵に砕けた心を隠し、それでもまだ愛しくて放したくない手首を、強引に掴んで引っ張って行く。
「アッシュ?・・痛いよ!急にどうしたんだい?」
邪魔な奴等を一瞥して退かせ、トイレのドアを蹴り開けて――――自分自身が何をしたいのかも分からないまま、薄汚れた個室に入って後ろ手に扉を閉める。
「――――アッシュ?」
木の軋む歪な音が、タイル張りの個室に悲鳴のように共鳴して、その音に瞳を顰めた彼が俺を見上げる。
――――嘘だったのかよっ!!俺がいいって・・・あの言葉は嘘だったのかよっ!!
誰にも触られないように、ガラスケースにでも閉じ込めて、俺だけの物にしたい瞳を見下ろして、
何を聞いたらいいのか。まだ間に合うのか。
何故俺じゃ駄目なのか。いつからチビが入り込んだのか。
様々な思考が頭の中を駆け巡り、上手い言葉が見つからず、
「・・・なんで・・なんでだよっ!!」
意味の通じない問いを繰り返しながら彼を見詰めていると、
黒い瞳がグラリと揺れて、俺に見られるのが苦痛だと言わんばかりに――――顔をサッと伏せてしまう。
その瞬間――――抑えきれない激情に突き動かされた両腕が、
「なんで避けんだよっ!!何が気に入らないんだよっ!!」
薄い両肩を掴んで、逃げてしまった彼の気持ちを捕らえるように、縋り付くように、
「・・・っ・・痛っ」
壁に押し付け――――顎を掴んで無理矢理上を向かせた目を、正面から見据える。
俺以外の奴の名前なんて口にするなよ。
頼むから、俺だけを見てよ。
拙い想いに支配されそうになる、情けない声帯を腹の底で押し止めて、
瞳を歪ませている彼に追い詰められた問いを投げ掛けた。
「・・・俺が・・俺が怖いのか?」
俺はただ、お前とふたりきりになりたかっただけなんだ。それだけなんだよ。
両肩を掴まれたまま不便そうに、ポケットから一枚の紙を取り出して、
「ね。覚えているかい?数年前の今日、僕らはここで出会ったんだ。」
俺の目に映るように、目の前に差し出されたその写真に――――懐かしい空気に包まれた。
「・・・・これって・・・」スキップ・・・
彼が初めて店にやって来た時の思い出の一枚に、
久しぶりに見るスキップに、虚を衝かれて一瞬黙り込むと、
「最近。伊部さんが写真の整理をしたみたいで。
僕にあの時の写真を何枚か送ってくれたんだ。」
入手先を得意気に語り出す彼の瞳が――――痛い思い出に、少しだけ細くなる。
初めて会ったばかりで硬い表情をしている、ほんの少し若い彼と、
小さなままの記憶通りのスキップを切り取った、
お世辞にも出来がいいとは言えないその写真に手を伸ばす。と、
「アッシュ、僕は君を怖いと思ったことなんか一度もないよ。」
真っ直ぐの瞳を俺に向けて、一言一言が大切な宝物のように――――慎重に、丁寧に、言葉を紡ぎ出した。
欲しかったその答えに、彼の心がまだ俺にある事を知って、
「記念日だから。・・・だから今日ここに来たかったのか?俺と一緒に?」
あんなに壊れそうだった心臓が命を吹き返したように、優しい調べを取り戻していく。
俺の心臓を操るなんて驚異的なことを難なくやってのける彼に、
「お前ってすごい奴だな」
泣きたくなるような幸福感が満ち溢れてきて、
柔らかなミルクの香りに鼻を埋めたくなって――――大切な人を腕の中に抱え込もうと小さく身を屈めると、
思い出の写真を傷を付けないよう、器用な指先で写真の角をそっと摘んで、
「・・・・アッシュ・・・」
壊れ物にでも触れるように、温かな掌で頬をそっと包み込んでくれる。
そんな積極的な彼に、毒気を抜かれている間に、
「・・・え・英二?」
早摘みのチェリーが甘酸っぱいそよ風を起こしながら近付いて来て、額へ到着するや否や、すぐさま逃げ去って行く。
逃げて行くチェリーを唇で追い縋って、タイルにの壁際まで追い込んで、ぷるんとした赤い実に齧り付こうと、顔を斜めに傾けて薄く口を開いたところで、
「ね?」
小首を傾げ、バツが悪そうに微笑む瞳とかち合って――――嘘の吐けないその瞳に、全てを悟った。
――――コイツ、確信犯だ。
すまなそうに緩んでいる頬に、音を立ててキスのお返しをしてから、
「お前、シンと約束なんてしてないだろ?・・・電話も嘘だな?」
なだらかな首筋に鼻を埋めて、ハニーミルクをきつく抱き締める。
――――全くさ・・・
焦った彼が、ほんの少しだけ体温を上げ、
「え?ち・違うよっ!さ・さっき君の居ない時に電話で話してそれでビデオが――」
それでも必死に取り繕っている、小憎たらしい首筋に――――軽い甘噛みをして、
「なんでそんな下手な嘘吐くんだよ!オニイチャン、最近『特に』性格悪いぞ?」
小さく怒っているフリをしながら、
――――全くさ、お前には敵わないよ。
心の中で全面降伏を掲げ、食べ損なったチェリーを口に含もうとする。が、
穴でも開けてるのか?と思わす聞いてしまいそうなほど、けたたましくドアがノックされ、
「ちょっとっ!!早く出てよっ!!漏れたらどうすんのよっ!!」
切羽詰ったレヴィの声に、
腕の中の彼が身を強張らせ――――ひらりと俺の腕からすり抜けて、鍵をカチャリと外した瞬間、
「あ!!は・はいっ!!・・・え?あれ?でもここ、男子トイレだよね?」
「英二!!待て!!開けるなっ!!」
開け放たれたドアの隙間から、してやったりと微笑む血色の唇に――――深い溜め息が零れ落ちた。
全く、とんだ記念日になっちまったな。
「アッシュ?・・・やっぱりアッシュじゃない!!やだぁ、久しぶりね!!」
真っ赤な爪を俺の肩に乗せ、そこに座るのが当然といった――――嫌な顔付きで、左隣の椅子へ腰掛けた。
「・・・・」レヴィ!!お前なんでこんな所にいるんだよっ!!
馴れ馴れしいソイツの態度に、俺の右隣に座っている彼の肩にピクリと動揺が走り抜ける。
機嫌を損ね、納豆尽くしのメシを食わされでもしたら堪ったものではないと――――瞬 時に判断を下し、
「・・・レ・・レヴィ、悪いな。今コイツと飲んでるから、またにしてくれ」
消え失せろ!!
そうそう邪険にも出来ない面倒な相手を、波風立たぬように追い返そうとする。が、
血でも啜ったような毒々しい真っ赤な口を耳元にすり寄せてきて、
「随分なご挨拶じゃない?一杯くらい奢ってくれてもいいでしょ?
あら?その子、可愛 いじゃない・・・」
酒焼けした低音のササクレ声でねぶられて、ついでに彼にも目を付けられてしまい渋々覚悟を決めた。
――――折角のデートをブチ壊しやがって!!
背後のテーブル席にいるボーンズに視線を送って、彼から絶対に目を離すなと無言で伝達してから、
「――――英二、悪いな・・・席を外してくれ」
怖くて見られない右隣のひとへ、聞こえるようにぼそっと呟く。と、
すかさず椅子から飛び下りて――――俺と彼の間に、体を割り込ませてきたレヴィが、
「あら!アタシは彼も一緒がいいわ!!・・・アッシュ、貴方ちょっと邪魔よっ!」
洋服からわざとはみ出させている、シリコンの胸の肉を彼に見せ付けるように微笑みかけて――――後ろの尻の肉で、俺を椅子から弾き飛ばそうとする。
矯正下着に包まれた、固いその肉に負けじと――――必死で椅子にへばり付きながら
「――――英二!!お前は向こうに行ってろっ!!」
大切な彼に指1本触れられないうちに、安全な場所へと遠ざけた。
「・・・アッシュ!いい加減教えてくれてもいいでしょ?
あの子、付き合ってる人とか居るの?」
「お前に関係ないだろ」居るに決まってんだろ!!俺だよ!俺!!
トイレの芳香剤のような臭いに顔を顰めつつ、随分と早いペースで杯を重ねていく彼を横目で盗み見る。と、
ほんのり頬を染めている彼の黒い瞳が――――トロンと力を失い、涙を抱いているかのように艶やかな光を放ち、
「ボーンズ!おかわりぃ!!次はもうちょっと強いのが飲みたいなぁ・・」
舌先でペロリと唇の縁を辿った瞬間、周りの野郎共が――――ゴクッと喉仏を動かした。
――――あいつらっ!!
舌打ちを堪え、邪魔者ばかりのここから、どうやって彼を家まで無事に帰らせるか頭を働かせていると、
「教えてくれたっていいじゃない~!ケチ!!
減るもんじゃあるまいし・・・ねぇ?教えてよ!」
血肉を引き裂いて染めたような爪を――――俺の二の腕に食い込ませ、彼の情報を何とかして吐かせようと、レヴィが酒臭い唇を近付けてきた刹那、
――――英二?
テーブル席で飲んでいた彼がすくっと腰を上げ、覚束ない足取りで――――真っ直ぐこちらに向って足を運び始めた。
気迫の篭った可愛らしい彼が、一歩一歩俺に近付いて来るのを、全神経を研ぎ澄ませて感じながら、
「レヴィ・・・臭いツラを近付けんなっ!」
「なによ失礼ね!!」
耳の直ぐ横にある、トイレの芳香剤を手を押し払い、もつれかかった不安定な足音に耳を傾ける。と、
空いている右隣に到着した彼から、ふわりと小さな風が巻き上がり――――甘い、ミルクの香りが漂ってきて、
「ね。君。今日は何時に帰ってくるんだい?」
舌足らずの物言いと共に、上目遣いに見詰められて――――前髪の隙間から覗く瞳に、誘われているような錯覚に陥った心臓がどくんと跳ね上がる。
叶う事なら、このまま彼と一緒に帰って、同じベットで横になって、モチモチの頬に頬擦りして、
おやすみのキスをして――――そして、許されるならその先へ進みたいと喚く欲望を宥めすかし、
「・・・リンクスの会合があるんだ」あいつらをキッチリ〆とかないと駄目だろ?
生唾を呑み込んだ奴等への制裁をしなければならない――――彼氏のボスの役目を伝える。
俺たちの会話に聞き耳を立てていたレヴィが、ギラッと目を輝かせ、
「あら!!じゃあエイジ!!アタシと一緒に帰らない?」
獲物に喰らい付くような嫌な光を灯し、俺の彼に気安く声をかける。
「――――レヴィ!!お前は俺と飲むんだよっっ!!」話しかけんな!汚れるだろっ!
「え~!?なんであんたと飲まなきゃならないのよ!」
二の腕を掴んでいるマニキュアの指へ、ふっと寂しげな瞳を落とした彼に、
違うんだ英二!レヴィはな、家までノコノコ着いてくるような厚かましい奴なんだよ!
おまけにな!!性転換の最中だから、男だろうが女だろうが両方こなせる兵なんだよ!
喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、
「・・・・だからお前は帰っとけ」コイツは俺が食い止めるから!!なっ!?
この場にいる誰よりも信頼のおける人物の――――その気の全くないボーンズを、人差し指を折り曲げて呼び寄せようとすると、
「・・・・・そっか・・」
掠れた声を紡いだ彼が微かに震えた指先で、俺のTシャツをつんと引っ張り――――
数年に一度の、甘えてくる彼の姿に、さっきよりも一段と跳ね上がった心臓がドクドクと耳煩い音を奏で出す。
――――英二っ!?
早摘みのアメリカンチェリー色の唇が、ぱくぱく卑猥に動いて、
「忙しいんだね。僕は君といたいのに・・・・
僕はいつも心配だよ。君の・・帰りが遅くなったときはいつもいつも。」
捨てられた子犬のように、小さく震えた瞳が真正面から俺を捉えて――――傷付いた笑みを見せる。
消え入りそうな彼の笑顔に、心が壊れてしまったように尖った痛みを訴えだし、
「用が済んだら直ぐ帰るから、な?」だから、そんな顔するなよ。
つい、いつもの癖で――――黒髪の指通りに癒されたくなった手を伸ばしてみる。が、
「・・・・っ・・」
触られたくないとでも言っているように、彼が素早く身をかわして逃れ――――初めて俺を拒否した。
――――英二・・・なんでだよ・・・
宙を彷徨っていた指をきつく握り込んで、張り裂けてしまったような胸の痛みに耐えていると、
悲しげに下がった口角を不自然に吊り上げた彼が、
「そうだ。でも今日は確かシンが前から見たいっていってたビデオが手に入ったってい ってたから、彼に電話するよ。僕もすごくみたかったんだ。
2人で見てる分には君も安心だよね。彼も腕は立つし。」
愛しい恋人の名でも口ずさむかのように、『シン』と唇を動かす時に――――綻んだ笑みを見せる。
――――っつ!!
その途端、早鐘を打ち始めた心臓が壊れそうなほど激しく脈動をし出して、
まるで、鷲の鋭い鉤爪で胸を掴みにでもされているような――――初めて感じるキリキリした痛みに、
心臓がどうにかなってしまったのかと、眉を顰めてじっと耐えていると、
「だから、一人でも大丈夫だよ。心配しないで。――――ね?」
言葉ひとつで、指先ひとつで、笑顔ひとつで、俺がこんな風になってしまう事を知らない彼が、
逢いたくて逢いたくて仕方がないんだと、瞳を細め――――シンに重ね合わせて、俺に笑いかける。
――――なんだよっ!!俺の事が好きだって・・お前、そう言っただろっ!!
さっき抱き寄せたばかりの彼の肩に、俺のではない腕が回されている幻影がチラついて、
「・・っ・・英二!ちょっと来いよっ!!」
木っ端微塵に砕けた心を隠し、それでもまだ愛しくて放したくない手首を、強引に掴んで引っ張って行く。
「アッシュ?・・痛いよ!急にどうしたんだい?」
邪魔な奴等を一瞥して退かせ、トイレのドアを蹴り開けて――――自分自身が何をしたいのかも分からないまま、薄汚れた個室に入って後ろ手に扉を閉める。
「――――アッシュ?」
木の軋む歪な音が、タイル張りの個室に悲鳴のように共鳴して、その音に瞳を顰めた彼が俺を見上げる。
――――嘘だったのかよっ!!俺がいいって・・・あの言葉は嘘だったのかよっ!!
誰にも触られないように、ガラスケースにでも閉じ込めて、俺だけの物にしたい瞳を見下ろして、
何を聞いたらいいのか。まだ間に合うのか。
何故俺じゃ駄目なのか。いつからチビが入り込んだのか。
様々な思考が頭の中を駆け巡り、上手い言葉が見つからず、
「・・・なんで・・なんでだよっ!!」
意味の通じない問いを繰り返しながら彼を見詰めていると、
黒い瞳がグラリと揺れて、俺に見られるのが苦痛だと言わんばかりに――――顔をサッと伏せてしまう。
その瞬間――――抑えきれない激情に突き動かされた両腕が、
「なんで避けんだよっ!!何が気に入らないんだよっ!!」
薄い両肩を掴んで、逃げてしまった彼の気持ちを捕らえるように、縋り付くように、
「・・・っ・・痛っ」
壁に押し付け――――顎を掴んで無理矢理上を向かせた目を、正面から見据える。
俺以外の奴の名前なんて口にするなよ。
頼むから、俺だけを見てよ。
拙い想いに支配されそうになる、情けない声帯を腹の底で押し止めて、
瞳を歪ませている彼に追い詰められた問いを投げ掛けた。
「・・・俺が・・俺が怖いのか?」
俺はただ、お前とふたりきりになりたかっただけなんだ。それだけなんだよ。
両肩を掴まれたまま不便そうに、ポケットから一枚の紙を取り出して、
「ね。覚えているかい?数年前の今日、僕らはここで出会ったんだ。」
俺の目に映るように、目の前に差し出されたその写真に――――懐かしい空気に包まれた。
「・・・・これって・・・」スキップ・・・
彼が初めて店にやって来た時の思い出の一枚に、
久しぶりに見るスキップに、虚を衝かれて一瞬黙り込むと、
「最近。伊部さんが写真の整理をしたみたいで。
僕にあの時の写真を何枚か送ってくれたんだ。」
入手先を得意気に語り出す彼の瞳が――――痛い思い出に、少しだけ細くなる。
初めて会ったばかりで硬い表情をしている、ほんの少し若い彼と、
小さなままの記憶通りのスキップを切り取った、
お世辞にも出来がいいとは言えないその写真に手を伸ばす。と、
「アッシュ、僕は君を怖いと思ったことなんか一度もないよ。」
真っ直ぐの瞳を俺に向けて、一言一言が大切な宝物のように――――慎重に、丁寧に、言葉を紡ぎ出した。
欲しかったその答えに、彼の心がまだ俺にある事を知って、
「記念日だから。・・・だから今日ここに来たかったのか?俺と一緒に?」
あんなに壊れそうだった心臓が命を吹き返したように、優しい調べを取り戻していく。
俺の心臓を操るなんて驚異的なことを難なくやってのける彼に、
「お前ってすごい奴だな」
泣きたくなるような幸福感が満ち溢れてきて、
柔らかなミルクの香りに鼻を埋めたくなって――――大切な人を腕の中に抱え込もうと小さく身を屈めると、
思い出の写真を傷を付けないよう、器用な指先で写真の角をそっと摘んで、
「・・・・アッシュ・・・」
壊れ物にでも触れるように、温かな掌で頬をそっと包み込んでくれる。
そんな積極的な彼に、毒気を抜かれている間に、
「・・・え・英二?」
早摘みのチェリーが甘酸っぱいそよ風を起こしながら近付いて来て、額へ到着するや否や、すぐさま逃げ去って行く。
逃げて行くチェリーを唇で追い縋って、タイルにの壁際まで追い込んで、ぷるんとした赤い実に齧り付こうと、顔を斜めに傾けて薄く口を開いたところで、
「ね?」
小首を傾げ、バツが悪そうに微笑む瞳とかち合って――――嘘の吐けないその瞳に、全てを悟った。
――――コイツ、確信犯だ。
すまなそうに緩んでいる頬に、音を立ててキスのお返しをしてから、
「お前、シンと約束なんてしてないだろ?・・・電話も嘘だな?」
なだらかな首筋に鼻を埋めて、ハニーミルクをきつく抱き締める。
――――全くさ・・・
焦った彼が、ほんの少しだけ体温を上げ、
「え?ち・違うよっ!さ・さっき君の居ない時に電話で話してそれでビデオが――」
それでも必死に取り繕っている、小憎たらしい首筋に――――軽い甘噛みをして、
「なんでそんな下手な嘘吐くんだよ!オニイチャン、最近『特に』性格悪いぞ?」
小さく怒っているフリをしながら、
――――全くさ、お前には敵わないよ。
心の中で全面降伏を掲げ、食べ損なったチェリーを口に含もうとする。が、
穴でも開けてるのか?と思わす聞いてしまいそうなほど、けたたましくドアがノックされ、
「ちょっとっ!!早く出てよっ!!漏れたらどうすんのよっ!!」
切羽詰ったレヴィの声に、
腕の中の彼が身を強張らせ――――ひらりと俺の腕からすり抜けて、鍵をカチャリと外した瞬間、
「あ!!は・はいっ!!・・・え?あれ?でもここ、男子トイレだよね?」
「英二!!待て!!開けるなっ!!」
開け放たれたドアの隙間から、してやったりと微笑む血色の唇に――――深い溜め息が零れ落ちた。
全く、とんだ記念日になっちまったな。
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