目の前の男は淡々とアッシュに向けて話した。
「私にはどうしてやることもできない。」
ここには救いはないのだ。
わかっていたが求めた自分が馬鹿だった。
1982年 アッシュ14歳ー
ニュージャージー州ラウンズ・ヒル ゴルツィネ邸
目の前の男は突然現れた。自分の教師として。
突然現れること自体は問題ではない。自分を所有しているつもりになっているマフィアが自分になんの断りもなく突然教師を増やしたのもいつもの事だ。
その教師は数学でも政治でもなく自分に戦い方を教えている。人の殺し方をー。
しかしそれすらも問題ではなかった。この男が来る前に殺傷方法の一通りの事は他の教師ーマフィアの部下ーから教わっていた。
だがいつもと違ったのは・・。
アッシュにあてがわれる教師は主に2種類に分けられる。
彼の境遇を知りながらもそ知らぬ振りで自分の仕事をこなすものと、彼の境遇に同情しながらも自分の仕事をこなすものだ。
どちらにせよマフィアの手から彼の身をどうこうする意思も力もない。
ただ教師達はアッシュの前に現れ、そして彼の学習能力に応じて次から次へと代わっていった。
淡々と彼に知識や技術を与える教師とそれを淡々と自分のものにしていくアッシュ。
与えられるものはすべて吸収していつかここからー。
そうは思うが実際の自分は今だ力がない。彼を養うマフィアどころか、その部下ーNYに来た頃、路地裏で日々を過ごす彼を捕まえマフィアの店に連れて行ったひしゃげたヒキガエルのような顔の男ーの手からもアッシュは逃げられない。
ゴルツィネの屋敷の裏で、下卑た笑いを口の端に浮かべたその男に腕を捕まれると金縛りにあったように抵抗できない自分がいた。ゴルツィネの不在時はその屋敷で、在宅時には汚い安ホテルで、無理やり抱かれているのを教師達は気づいているだろう。だが彼らは見て見ぬ振りをしている。
自分の前に現れ通り過ぎる大人達に彼はなんの期待も持っていなかった。
そんな矢先ー。
アッシュの目の前に毛色の違う教師が現れた。他の教師と違ってその瞳が自分の心を見透かそうとする。だがアッシュは体格のいい大きな男が苦手だ。
大きな男の手が。
彼らの力強い手で押さえつけられ何度も何度も自分の体を好きにされた感触が忘れられない。
だが彼は。
ある日アッシュはあのマフィアの部下に安ホテルで無理やり抱かれていた。事が終わり自分を抱いた男が満足して部屋を出て行く。いつもの通りベッドに捨て置かれた彼が疲労と安堵で放心していたその時。
その教師が現れた。
今度はこいつにー。
新しい教師がアッシュに近づくと体が激しく震えだす。その男がアッシュの腕を掴む。
もういやだ!
だがアッシュが苦手なはずの大きな大人の腕は彼をやさしく包んだまま、彼の震えが収まるまでただ抱きしめていただけだった。『大丈夫だ』と何度も何度もなだめながら。そしてアッシュの震えが止まった。
『あいつらの目ーからっぽなんだ・・』
落ち着いた自分の話を聞いてくれるその優し気な瞳。だが優しいだけではなさそうなその瞳には何が詰まっているのかアッシュにはわからない。
ただ後日、マフィアの部下に絡まれいつものように安ホテルに連れて行かされそうになっていたところをまたしても助けられた。
だから自分は期待してしまったのだろう。
もしかして自分にとってあの手はー。
*******************
その日は半月だった。
程よい月の光に隠されることなく、いくつもの星が瞬いている。
雲一つ出ていない夜。だが屋外でその星空をゆっくり鑑賞するにはまだ肌寒い季節だった。
アッシュは庭の繁みの脇にかがんでいた。
今日はこの屋敷の主人が在宅している日だ。夕食も終わって数時間たったこの時刻。いつもの通りアッシュは屋敷の主の部屋に出向かわねばならなかった。
だが彼はここにいる。
見つからないアッシュを探す使用人の靴音が屋内から聞こえる。
ここに来たばかりの数年前もやはりここでこうしてよく隠れた。
彼を探し当てた使用人に、抵抗する腕を捕まれ連れて行かれたこともある。
だが年月が過ぎ。彼の成長とともにこうして隠れることもなくなった。
いつしかアッシュは知ったのだ。
今日を逃れても明日があるという事を。
ーどうして自分はここにいるんだ。
アッシュは音もなく立ち上がった。知らずとあの教師のいる部屋のバルコニーへと足が向かう。
薄く開けられた1階の掃き出し窓から教師の部屋へと入った。
小さくはためくカーテンの裏から突然現れた自分の生徒にその教師は驚くことなく、どうしたのか。とアッシュに尋ねた。
だがアッシュは窓際からそれ以上部屋には入らず、何も言わずにただ立ちすくむ。
すると男がため息ともつかない軽い息を吐いた。『私にはどうしてやることもできない。』と。
「お前は頼る事を覚えてはいけない。」
その頭で考え、その身で立ち回り、自分の力だけで生きていけ。と。
諭すような口調で、だがそれよりは低い温度の声音で。マフィアに養われている自分の立場をわきまえろ。とそう言った。
わかっている。わかっていた。だけど。
期待してしまった自分が馬鹿だったのだ。一度は自分に差し伸べられたあの手も所詮、アッシュと同じマフィアに買われているのだ。目の前の教師はその自らの実力を、力ない自分はこの身のみを。お互い飼い主に逆らえるわけがない。
アッシュは睨んでいるかのような表情で相手を凝視していた。まるでその教師の瞳の奥に何かを見つけようとしているようだ。だが幼い彼には目の前の男の事は何もわからない。互いの間にこれ以上の言葉がなくなる。視線を外しそのまま男の脇を通り過ぎ室内の扉から廊下へと黙って出て行く。
そうしてアッシュは屋敷の一番奥にある部屋へと足を向けた。ノックもせずに自分を養う男の寝室の重厚な扉を開ける。
中ではこれから自分を抱くだろう男が待っていた。
今日の男は機嫌がいいのか。
呼ばれた時間に遅くなった彼にどうしたのかと聞く素振りもなく自分をベッドへと呼び寄せる。
アッシュは大人しく男に近寄る。腕を捕まれてベッドに上げられる。なすがままに、まるで他人事のように一連の動作を見ていた。男は手際よく彼の服を脱がすと同時に滑らかな彼の身体を撫でていく。快感も不快感もその身のうちにやり過ごす。
いつもどおり彼の首筋に男の顔が寄せられ、アッシュの体が開かれた。湿った手が全身を這う。
暖かい部屋。柔らかいベット。この上ない教育。なにより3度の食事に苦労しない。
だけどー
男の行為が激しくなり、高級なベットが揺れる。
『お前は頼ることを覚えてはいけない。』
ーどうして。
ベッドの上に投げ出されていた彼の手が、そこから少し浮いた。
小さくはないが大人になりきれていないその手。
だが自分を揺さぶる男の背には回されず、虚しく宙を掴む。
どうして自分の手には何もないんだろう?
宙を掴んだ手はそのままシーツの上に落とされた。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
ここの時期のアッシュは少し成長していて、どうにもならない自分の力と境遇にすっかり諦めていたと思うんです。そこにブランカ登場。マービンから助けてくれる。そしたら普通期待しますよね?しませんか?この人は自分を助けてくれるんじゃないかって。このときアッシュは14歳。幼いというには少し成長していて、でも大人では決してない少年期。アッシュは救いを求めて手をだしかけた。でもブランカはその手をとらない。ブランカは仕事の範囲から出ることはなかったでしょう。
プライベートオピニオンの最後にブランカに懐いたような笑みをアッシュは浮かべてましたが、その後こんな事があってもおかしくないんじゃないだろうか。と思いました。だから本編でのあのなんともいえない師弟関係。かな。って。
どうですかねぇ?
ここでは、「助けのこない自分の境遇を選び続ける。」でしょうか。そんな生き方を学ぶことを選択するというか・・。まぁ要はアッシュの「選択するものが何もなかった時代」ってところでしょうか。選ぼうにも選択肢がない。からそれを選ぶ。アッシュ1択の時代。
それでは本当に最後までお付き合いしてくださってありがとうございました~。
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2013.05.13 00:37 | # [ 編集 ]
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2013.05.14 12:56 | # [ 編集 ]
>ちょこぱんだ様。
わ~。コメントありがとうございます!超ウレシイ!
「はあ~、お誕生日なのに救いの無い話でも大丈夫なんですね、小葉さんは。」
(笑)自分でもどうかと思いましたが大丈夫です。(笑)
「どっぷり暗くなってしまいそうなのに。」
このくらいじゃならないみたいですねぇ。暗い暗いって言ってますが、本人それほど暗く思ってなかったり。多分自分が本当に暗いと思うものは書けないし、載せられないと思います。ロッカー室で考えられる程度ですよ(笑)
でも、次の話の微調整のためにこのシリーズ最後まで全部読み直していたら、なんか嫌になっちゃって、反動で明るい話を仕上げちゃった。今週末はそれ上げようかなぁ。
「初めて、自分の側に立って見てくれる人が現れた」
ああ。なるほど。そういう見方もありますねぇ。うーん。そうか。そうですね。人はやっぱり”自分の事をわかってくれそうな”人に親近感を持ちますもんねぇ。その辺りは考えなかったなぁ。
「英ちゃんに手握ってもらって下さい。」
ステキですvちょこぱんださん。もう手を握ってもらってるんですよ。この伏線。
Another one のアッシュの方・・(題名忘れた・・と今題名見に行く。)そうそう。「再会の後」!(笑)でこの伏線回収済みです。いやー。手を握ってもらえてよかったねアッシュ!
ちなみにえーと。そうそう。「月の格子」でもアッシュは非常に手を握ってもらいたがってるのです。→でも諦めた。→そしてブランカ登場→期待する→突き放された。→そして色々ある。→英二に手を握ってもらえた!→ひゃっほーい!!って流れ。
アッシュは常に常に強く生きながらも自分の手を引いてくれる誰かを待っているのです。
ってどうですか?(笑)
えーと。あとちょっとコッソリ返信してますので。お時間のある時どうぞー。
それでは。この話にコメントありがとうございました!すっごいうれしかったです♪
2013.05.15 20:15 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]
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2013.05.15 21:55 | # [ 編集 ]
>ミチル様
コメントありがとうございます!
あら。ミチルさん。コメント欄から。めずらしいですね。ありがとうございます♪
「羨ましー妬ましー・・・あれ?あんまり変わんないや。」
変わんないですね(笑)
「ウソ誕でーす(ちゃんとバラしてきましたが)」
(笑)芙月さんも笑ってらっしゃるでしょうね。(笑)
「手」を読んでくださって、コメントくださってありがとうございます。嬉しいです~。
「あんまり出来過ぎな人って面白くない、そしてちょっと狡いなって」
そうですねぇ。でもきっとブランカもアッシュと同じで、自分の意思で出来すぎになったのではないでしょうしねぇ。。
過酷な成長過程のうちで仲間が耐えられなかったみたいなことを書いてたような気がするんですが、生き残ってきたからには本当に出来た人なんでしょうねぇ。
アッシュに自分を重ねてると思うんですよ、ブランカは。”この子はこの世界でしか生きられない。”みないなセリフがあったと思うのですが、多分ブランカのアッシュへの接し方は本当に”アッシュのためだ”と思ってたんだろうな。って。それがGの目的と一致したんだと思います。それがブランカのPrivateOpinionだったんじゃないかな。なんてねw。でも、アッシュがブランカの技術を覚えられなかったらそれはそれまでだ。という冷めた部分もあったんではないかと。そしてアッシュもそれがわかっていたんだろうな。って。だからこれ以降はブランカ自体に救いは求めないでしょうね。長々とすみません。アッシュの手をとるのはやっぱり英二ですよ!英二!(笑)
「前回の頂いたcrapresで思いました。」
なんというすばらしい見解。どうして前回の拍手コメからそんな(驚)
そうですね。おっしゃる通り、その両方のアッシュの「yes」の重さは違うでしょうね。そしてまたそれを投げかけた英二の質問の重さも違うでしょう。わーかっこいいですねー!
私。えーと。次の次の「選択シリーズ」んーと。vol.5になるのかなぁ。と、最後のプロローグでその辺りにちょびっとだけ触れされていただいております。ミチルさんの方がステキな見解ですけど。
それでは、なんともステキな見解ありがとうございました!
このシリーズは、やっぱりどうだったのか(ほら暗いから皆さんをダウナーにさせたら申し訳ないなぁ。と思って)、次の話は省こうかどうかと常に悩んだりしてしまってるのですが、こういうコメントいただけて載せてよかったなぁ。と思いました。
ありがとうございました!
2013.05.15 23:33 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]
小葉さん、拝読しました〜『手』!
こういうカラーのお話も、実はけっこう、、というよりかなり、好きですワタシ。
なんか、言葉が適切ではないかも知れないんですが… 面白かったです!
そうか、小葉さんの目には、アッシュやブランカがこういう風に見えているんだな、と。
その姿が、文章の合間からハッキリと目に浮かぶようで、そういう「読んでいく過程」も面白かった。
ああ、さすが小葉さん、って思いました。
14歳。
子供、と言い切ってしまうには大人で、でも決して大人ではない、微妙な年頃ですよね。
『わかっている。わかっていた。だけど。』
この言葉が、まさにアッシュの本音だったんだろうな、と思えて、胸に刺さります。
子供の心と大人になりかけている思考、それが混ざっているような…
アッシュがブランカと出会ったのが、この14歳という年齢だったからこそ、後のこの2人の関係が、原作でのあの関係なのかな、と、この『手』を読んで改めて思いました。
仮にアッシュがもっと幼かったら、望まないながらもマフィアの後継者として立派に成長しちゃったんじゃないかな、と。
KGBに教育されたブランカがそうであったように、幼いうちは、それがどんな環境であれ、馴染んでしまいやすいですし。
でもそういうマインドコントロールされたような少年相手だったら、ブランカはあそこまで心を砕かないと思うんですよね。
反抗期にもあたる、この14歳という年齢だったからこそ、アッシュは、状況は1択でも、思考は1択じゃなかったのかな〜なんて。思いながら読みました。
でもやはりゴルツィネの元での生活が無かったら、アッシュという人格も有り得なかったのでしょうね。
ここで過ごした時間が、アッシュに不屈の精神を植え付けたように思います。
…ってことは、必要悪?
んー、やっぱアッシュを育てたのは、パパってことかぁ。
『手』っていうタイトル、いいですね。
支配する手、幼い体を舐め回す手、導こうとする手、そして誰かへと向かって伸ばされるアッシュの手。
いろんなモノを象徴しているようで、このお話にピッタリのタイトルだなと思いました。
ところで最後にくだらないコト言っていいですか?
私、ディノはアレの時に正常位が好きそうなイメージだったんですけど、このお話の描写を読んで「おーやっぱり!」とか思っちゃいました。
自分の支配しているモノの顔を見たいタイプだと思うんですよね〜あのお方。
機嫌の良い時は正面から、悪い時はバックから、というイメージ。
……ほんとどうでもいい、くだらない事でした、スミマセン(汗)
続きも、楽しみにいています ^^
2013.05.17 02:03 URL | 芙月 #YVWDSDMY [ 編集 ]
>芙月様
わ~。芙月さん。わ~。
読んでくださってありがとうございますー!
「面白かったです!」
ほんとですか?ほんとですか?
何よりその言葉嬉しいです~(>_<)ありがとうございます~。
「子供の心と大人になりかけている思考、それが混ざっているような…」
そうなんですよね。原作でもアッシュの心の揺れは描かれてますが、やっぱり強くてかっこいい部分をクローズアップして見ちゃうじゃないですか?でもやっぱりアッシュも子供ですから絶対に“守って欲しい“と言う心があると思うのですよ。でも頭がいいから大人の事情もわかっちゃうし、何が最善かを考えられるから取るべき選択は大人の選択をしちゃう。でもやっぱり子どもだから目の前にある暖かさ、優しさっぼいものに手を伸ばしてしまう。でも頭がいいから伸ばしても無駄ってわかっているんですよ。という堂々巡り的な話を書いてみたかったのでした(笑)
「状況は1択でも、思考は1択じゃなかったのかな〜なんて」
ああなるほどー。もしかしたら思考も一択という可能性だってあったかもしれなかったんだなぁ。と芙月さんのコメントを読んで思いました。深い~。
思考が一択でない方が人間的にマトモな気がしますが、思考も一択の方がアッシュは幸せだったかもしれませんね。とも思っちゃった。人間悩むから辛いんですよね。もっと楽な状況があるって知ってるから今の状況が嫌になるんですよね。なんて。アッシュは本当によく耐えたんだと思います。
「『手』っていうタイトル、いいですね。」
ありがとうございます。私、このブログで使い回しているテーマ?があって「手」はそのひとつです。今回いろんな手を書けた(笑)。そうコメントくださると 嬉しいデスvへへ。
「ところで最後にくだらないコト言っていいですか?」
どうぞどうぞ。大事なことですよ(笑)
いやぁ。公開コメントで男前なご意見。芙月さん。惚れ直します。私もそう思います(笑)
マービンはねー。もう想像もつかないくらい変態だと思うのですが、パパはアッシュにとって“そんなに悪い客ではなかった”設定です。”男娼”ですから色んな客にいろんな事をさせられてきたアッシュだと思うのですが、バパは行為的には至って普通の範囲かなぁって。そうであって欲しい。アッシュこれ以上・・。男同士でどうか。って話かもしれませんが・・・。
「自分の支配しているモノの顔を見たい」
なるほどー。支配欲ですね。そして征服欲。そして変態。そんなゴルが目に浮かびます。次もGAアリマス。ごめんなさい。
あ。でもショーターもでます。
それではまた手の空いた時に覗いてやってください。
でわ~。
2013.05.18 20:39 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]
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