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Banana Recipes

漫画 BANANA FISH の2次創作ブログです。 BANANA FISH 好きの皆様と仲良くしていただければ嬉しいです♪一部BL・R18あります。ご注意を。

「あなたにとって彼はなんなの?」

NYに来てから2人目の彼女に真面目な顔をして聞かれた僕は、なんの疑問も持たずに即答した。
「友達だけど?」

今から考えると間抜けな回答をしていたに違いない。

僕と彼女はとてもうまくやっていたと思っていた。
写真を売り込みに行った先の雑誌社で彼女は編集者をやっていた。駆け出しの。
僕も駆け出しの写真家でーといえる程でもないがー、駆け出し同士の僕達は妙に気が合った。聡明で明るくいつも僕を笑わせてくれる彼女は僕にはもったいないくらいで、僕は彼女をとても大事にしていたと思う。いや、していた。

「もし、私とまだ付き合いたいならその言葉真剣に考えてからにして頂戴。」
え?それってどういう意味・・・。
「1ヶ月後にまた会いましょう?」
にこっと笑って彼女は言った。




「ただいまー。」
古ぼけたアパートメントのドアを開けると、おかえりといわんばかりに一匹の猫が泣き声を上げながら僕の足元にじゃれ付いた。
「ただいま。晩御飯食べさせてもらった?」
僕の質問に答えるように、ニャーとその猫は一声鳴いて僕の足に顔を擦り付ける。
食べたのか食べてないのかどっちだ。
僕は玄関先でコートを脱ぎ、リビングのドアを開けた。ソファーの上には一匹の大きな金色の毛並みの犬と一匹のもっと大きな金色の山猫が気持ちよさそうに眠っていた。

山猫の正体はもちろんアッシュだ。

すごく大きなそのソファは背の高いアッシュが足を伸ばして眠れる程の長さがあり、1人と1匹が辛うじて横にならんで寝転がれるだけの奥行きがあった。アメリカの家具はなんでも大きいけど、これはその中でも大きい部類に入る。この小さなアパートメントには不釣合いでリビングの大半を占領していた。

アッシュは59丁目にいた頃からそのソファで眠るのが好きだった。そのアッシュを起こす僕は大変だったけど・・。

このソファがよっぽど気に入っていたのか、以前住んでいた59丁目のアパートメントからアッシュが唯一持ってきた家具だった。
「バディ。ごはん」
寝ていたはずの犬の耳がピクっと動く。そしてくりっとした大きい目を開き期待を含んで僕を見た。
「・・の前にアッシュを起こして。」
言われたバディはバウッと一声吠えて、要領を得た感じでアッシュの顔をなめ始めた。
「・・・?」
アッシュは最初無心に眠っていたけど、しばらくして目を瞑ったまま嫌そうな顔になり、バディの首を掴んで舌が届かないところまで彼の顔を押しやった。
「・・・英二。俺を起こすのにこいつを使うのはやめろ。」
「この子に起こしてもらったほうがよかった?」
僕は抱き上げた猫をアッシュに見せる。猫は僕の手を嫌がったのか、直ぐに僕の手から床にストンと降りた。
「・・・」
猫の舌はザラついていてアッシュはなめられると嫌がる。
まぁ。猫はなめてと言ってもバディのようにはなめてくれないけど。

ここに住み始めてから数年が経つ。

はじめに子犬を拾ってきたのは僕だ。そんな僕にアッシュは散々しつこく嫌味を言ったけど、結局飼うことになった。
そしてある雨の日に子猫を拾ってきたのはアッシュだ。『なんか食わせて』とぶっきらぼうに言った彼の懐から、その猫は頼りない泣き声を上げていた。彼から猫を預かって抱き上げながら『飼うの?名前は?』と聞いた僕に『勝手に決めろ』と君は言って濡れた服を脱ぎながらシャワーを浴びにバスルームへと消えた。飼うんだ・・。真っ白い猫なのに左耳にリボンのような赤っぽい模様のあるところが日本で人気の猫のマスコットに似ていた。『キティにするよ。』と言ったぼくに『なんのヒネりもねぇな。』と君は呆れた声をだした。君が犬につけた『バディ』だって大概だ。

アッシュはバディをやんわり押しやり頭をなで、あくびをしながら腕を上げて伸びをした。
「帰ってたのか。」
「今ね。ごはん食べた?」
「食ってない。お前デートだったんじゃねぇの?」
「・・・なんだかわかんないけど、今日は無くなったみたいだ。」
「へぇ。」
たいした興味もない様子でアッシュが肩を搔きながら起き上がる。
そして僕を見てニヤリと笑った。
「振られたのか?」
「まだ・・だと思う。」
アッシュは呆れた顔をして肩をすくめた。
「なんだ図星か。」
「まだだって!」
「ハイハイ。オニィチャン。ボクお腹すいちゃったんだ。何か作って。」
「・・・」

バディとキティも僕を見上げて催促するように仲良く鳴き声を上げた。





「どうした浮かない顔して。」
カウンターに座って一人で飲んでいた僕の隣に座りながら、シンがバーテンダーにいつもの酒を頼んだ。僕らが飲んでいるのは、僕がよく世話になるスタジオの近くにある古くも新しくもないバーで、客層はほどよく人種が混ざり合っていた。
東洋人の僕が一人で飲んでいても違和感がない。
僕はここがお気に入りだった。
その日も長いカウンターに座って、照度が抑えられた店内に溶け込むように僕は一人で飲んでいた。僕とシンは約束をしているわけではないんだけれども、時間があるとお互いこのバーで飲むことが多いので、たまにこうして2人で飲むこともあった。
シンはここ数年で僕より身長が伸びた。アッシュよりもだ。
カウンターのスツールに座った彼に僕は軽く見下ろされる。おもしろくない。

「いつもこんな顔だよ。」
「ははーん。ケンカでもしたんだろ?あの怖ぇ男とケンカできるなんて英二だけだな。」
「アッシュなんかちっとも怖くないよ。」
「お前だけだ・・そんなことを言えるやつは。」



あの後僕達は軽いケンカをした。というか僕が一方的にアッシュにからかわれた。
食卓で軽い食事を取っている時にアッシュが僕に向かって言った。
『女心がわからねーんじゃねぇの?』
もっと女の機嫌を取る方法を考えろ。と、僕をからかうアッシュにムッとして僕は反論した。
『じゃぁ。君はわかるのかい?』
『女が俺の機嫌を伺うからいいのさ。』
こいつ~~~。

僕はどうせ君みたいに、もてないクセに女心もわからないダメな男だよ!

と言い返して席を立ちソファへ向かった僕の後を追って『悪かった、機嫌なおせよ。』と君もソファへとついてくる。
女の機嫌はとらなくても僕の機嫌はとるのか。僕の機嫌はちょっと上がる。でもその口の悪さはどうにかして欲しい。特に彼女との関係の危機には・・・。
『で。理由はなんなんだ?何言われた?』
懲りずに興味津々な顔で聞いてくるアッシュへの返答に詰まった。
ーあなたにとって彼はなんなの?
彼とはアッシュの事だ。
友達だ。一番の。他に答えなんてない。

でも僕はアッシュに彼女の言葉をなぜだか言えなかったんだ・・・。




そして今僕はシンと飲んでいる。

「アッシュとはケンカしたけど、いつもの事だよ。この顔はそんな事じゃない。」
じゃぁ。なんで。としつこく聞いてくるシンに、彼女との事の経緯を話した。
なんでそんな事を言われるのかがわからない。といった僕に、
シンは、まぁ。ゆっくり考えれば?あと一ヶ月あるんだろ?と適当な回答をした。
自分で聞いてきたくせに。人事だと思って・・。
答えはでてんだろ?とシンは言った。

「アンタらは親友だ。そうだろ?」



ー君たちは親友だ。それを忘れないでくれ。

数年前、僕を残して不本意そうに帰国する伊部さんを空港まで見送りに行った。その時彼が口にした言葉をぼんやりと思い出す。あの時も何をいまさらと思ったが、改めてシンに言われてもそう思う。
でも今のシンの表情はあの時の伊部さんのそれに似ていた。


シンと店を出た僕は車を回してくると言った彼を待ってなんとなく通りを見ていた。グダグダ飲んでいてすっかり夜も更けてしまった。
ー雨か。
流れる車のライトが少し降り出した雨を照らし、そこだけ紗が掛かったように見える。
シンを待つ間、僕はその綺麗に流れる光の紗をぼんやりと眺めていた。
信号で車の流れが止まる。
僕の目線の先では、黒塗りの車が信号待ちで止まっていた。何気なしにナンバーが目に入る。この番号は・・。

僕は車のフロントガラスの奥を見た。助手席に座っている男に見覚えがあった。

そして後部座席に座っているのは・・・。

僕は見たものが信じられなかった。

信号が青になり、車がゆっくりと発進する。
シンがいつの間にか僕の目の前に車を止めていた。
僕は先ほど見たものがまだ信じられず、黒塗りの車が行ってしまった先を凝視していた。もちろん視界からはすでにその車は消えている。
車に乗り込もうとしない僕に痺れを切らしたシンが何度かクラクションを鳴らしたが、その音は僕の耳には入ってこなかったー。








「君は昨日の晩誰といたんだ?」
次の日の夜、帰ってきて玄関ドアを開けたアッシュに僕は開口一番そう聞いた。
「?・・。昔の知り合いだけど?」
「僕は車に乗っている君を見た。君は僕になにか隠している事はないか。」
少し目を見開き僕を真正面から見たアッシュは、僕にはあまり向けない冷たい笑みを口に浮かべて言った。
「お前に言ってないことなんて山ほどあるけどそれが何か?」

アッシュ・・。

僕はあの時真っ青な顔をしていたのだろう。
心配したシンが車から降りてどうしたのかと聞いてきた。
僕は彼に見た事を話した。
さっき見た車のナンバーが『A1011』だったこと。
それはかつてコルシカマフィアがアッシュに贈ったものだったこと。
助手席の男をマフィアの屋敷で見た事があったこと。
そして後部座席に座っていたのは・・アッシュだった。
シンは特に驚いた様子もなくそれを聞いていた。
おかしく思った僕はシンに聞いてみた。何か知っているのかと。
シンは『言うつもりはなかったが、』と前置きして教えてくれた。
マフィアが少し前からアッシュと連絡をとっているとの情報が入っている。と。
僕は目の前が真っ暗になった。
どうして。と聞く僕にシンは肩をすくめて、そこまでは知らない。と言った。
本当に知らないのか本当は知っているのか僕にはわからない。
シンもアッシュと同じだ。大事な事を平気な顔して僕に黙っていることができる。

「なんで、」
「『昨日の晩誰といたの?』『隠し事をしてないの?』お前はなんだ。俺の女か?」
アッシュは僕の視線を振り切りそう吐き捨てた。

僕は君のー。

「僕は・・僕はもう、マフィアと君との関係は終わったものだと思ってた。なのに、君は昨日あの車に乗っていた。そして何食わぬ顔でこのアパートに戻っている。君は昔から危ないことは僕には言わない。君はまた何かに巻き込まれているのか?まだあんなやつらと付き合いがあるのか?君は大丈夫なのか?!」

僕はアッシュの胸倉を掴んで強く押した。アッシュの体は少しブレたがすぐ持ち直す。
そんなアッシュに僕は怒鳴った。

「僕はもう君を失いたくないんだ。君は何回僕の目の前から姿を消したか覚えているのか!3回だ!その度僕はどれだけ心配したかわかっているのか!いつもいつも僕が笑って許すと思うなよ!」
僕の剣幕に驚いたのか、アッシュの顔から毒気が抜けた。
「君が死んだなんて言葉、他のヤツからもう聞きたくないんだ・・。」

君にしがみついた僕を見てアッシュの動作が止まった。

僕はアッシュの顔を見ていなかったけど、彼の困った雰囲気が伝わってきた。
アッシュが腕を上げて僕の肩を掴もうとした気配が感じられたが、その手はそのまま降ろされた。
落ち着け英二。とアッシュは言って、小さくため息をついた後、ゆっくりと話始めた。

「英二。『俺が死んだ』のはいつだ?」
「え?それはあの・・・刺された時・・・。」
「違うな。その1年前の国立衛生センターでだ。」
確かにあの時テレビで報道されてたけどー。

アッシュは淡々と話を進める。

アッシュ・リンクスはその時死亡したことになっていた。
『アッシュ・リンクス』が死亡したことで事件は終わったはずだ。
そして次に意外な事をアッシュは言った。

『アッシュ・リンクス』は死亡したが『アスラン・J・カーレンリース』はまだ法的には生きている、と。

・・・え・・?

あの頃『アッシュ・リンクス』の出自は警察にはバレていなかったらしい。『アッシュ』と『アスラン』を紐づける証拠は何もないはずだ。今でもそうだ。

・・・そうなんだ・・。

もちろん裏社会ではアッシュが生き返ったと噂が広まった。だがそれもラオに刺された時に死んだことになっている。今アッシュが生きている事を知っているのは本当に一握りの者たちだけだ。
警察はもちろん知らないことになっている。
警察で知っているのは唯一チャーリーだけだ。

あの時、撃たれた僕のいる病院まで僕に会いに来たアッシュがチャーリーに見つかった。しかし、彼は見て見ぬ振りをしてくれたようだ。
意識を回復した僕を見舞いに来た彼が窓の外を眺めながら、
『・・・・きみが元気にならないと、死んだ彼も浮かばれないよ。』
と僕が聞いてもあんまりうまくない言い回しで、言外にアッシュの生死を追求しない言葉をつぶやいてくれた。
僕は心底ほっとして、チャーリーに深く感謝した。心の中で。

そして今アッシュは目立たないように生きていた。
『アスラン・J・カーレンリース』は死んではいない・・。

「ここまでわかるか?」

僕はうなずいた。
今アッシュは「アスラン」と名乗っていた。まぁ。それが本名なんだろうけど・・。
そして、アッシュは僕から目線をそらし、次の言葉を言った。
その声はひどくうんざりしたものだった。

「あのタコ親父が生きていた頃、俺はヤツの養子になった。今の法的な名前は『アスラン・J・ゴルツィネ』だってことさ。」

え・・・・。

驚いて彼を見上げ、声もでない僕は知らないうちに大きく口を開けていたんだろう。
そんな僕を見たくない様な素振りでアッシュが自分の手を額に当てて僕に言った。
「その馬鹿みたいに開けた口を閉じろ。」
僕は慌てて口を閉じる。
つまり、とアッシュは話を続けた。

アッシュ・リンクスが死んだ後、多数の殺人罪を持つアッシュ・リンクスではなく、履歴のきれいなアスラン・J・カーレンリースをゴルツィネがこれよ幸いと養子にした。
そして、ゴルツィネは死んだ。

今、アッシュは法的にあのマフィアの残した莫大な資産の遺産相続人であるらしい。つまりは跡取り息子というわけだ。コルシカマフィアの中でゴルツィネが属していた勢力は衰えたもののまだ残っている。僕はまた口が開きそうになるのをぐっと堪えた。
「そういうやつらがゴルツィネのご子息に取り入ってこようとする。もしくはー」
僕は目の前が少し暗くなった。

もしくは命を狙われているのだろうか・・。

「遺産を放棄しろってうるさいのさ。」
「え?」
「ゴルツィネが血迷って跡継ぎにした男娼上がりの俺に取り入ってこようとする奴らなんてほんの少しの馬鹿しかいない。他のマトモなやつらはゴルツィネの残した莫大な遺産しか興味がない。」
アッシュはとうに二十歳を越している。遺産を自由にできる歳だ。その日を待ち構えていたように、マフィアから連絡が入ったらしい。面倒くさがったアッシュはその連絡を片っ端から無視していたらしい。
だがとうとう重い腰を上げようという気になったと今僕に説明した。
放棄をするのか、誰にゆずるか、何回か連絡を取ったあと、それでは弁護士を交えて話をしようと言う事になったらしい。
「放棄してきた。」
「昨日。」
よかった・・・。
僕は知らずとアッシュの胸に額をよせた、安堵のあまり力が抜けた。
アッシュは僕を支えようとはしなかった。
僕は自分の足で立っていようと踏ん張るが、アッシュの胸のTシャツは僕の手に握られてくしゃくしゃになる。

どれほどそうしていただろうか・・。

安心した僕は笑いがこみ上げてきた。
「アスラン・J・”ゴルツィネ”」
アッシュの眉がピクリと上がる。
僕はたまらなくなって笑い声を上げた。
「ゴルツィネだって!あのタコの!」
「・・・だから言いたくなかったんだ。」

アッシュが僕を押して離し、フイと寝室に消えていく。
僕は笑いをかみ殺しながらアッシュの後を追う。
アッシュによって力任せに閉じられた寝室のドアを開けると、アッシュは自分のベッドで不貞寝していた。
「ごめんごめん。」
僕は笑いをかみ締めながらアッシュのベッドに腰掛けた。
「すごく心配したから、安心できたのが嬉しくて。」
僕は素直に自分の気持ちを言葉にした。

「君の傍を離れたくないんだ。」

背中を向けて横になったアッシュの金色の髪の毛を僕は無意識に透いた。
アッシュは頑なに動かない。

「・・・・・・俺はもうお前の前から黙って姿を消さない。」
「うん。」
「信じてくれ。」
「うん。」
「俺はこのまま寝る。」
「うん・・・おやすみ。」

ベッドを立って部屋を出て行く僕の背に凄く小さい声が掛けられた。

ー心配させたくなかったんだー

うんー。

僕は決してこちらを振り向こうとしないアッシュの背に向けて微笑みかけ、静かにドアを閉めた。

僕たちはいつもお互いの事を思いやる。たまに裏目に出る事もあるけど。人種や国籍や肌の色や、色々違う僕たちだけど、やっぱり僕達は・・・





「一番の友達だと思うんだ。」

僕と彼女はいつもの店で食事をしていた。
この気さくな雰囲気のこの店で、かつて僕は彼女に付き合ってくれないかと申し込んだのだ。
それ以来、何かというと僕と彼女はここで食事を取っていた。
店のマスターともすっかり顔なじみだ。
ひさしぶりに会った彼女と2人席で楽しい食事と会話をした後、頃合を見計らって僕は先日の彼女の質問への回答を切り出した。

『あなたにとって彼はなんなの?-』

「この間の話だけど、やっぱりアッシュは友達だよ?」
それまでお酒も回ってほろ酔い気分で機嫌よく笑っていた彼女はその表情を変えずに僕に聞いた。
「わかったわ。英二。それで貴方は私とどうしたいの?」
「え・・今までどおり付き合って、」
彼女はこのあいだと同じ微笑みーそれは今日の今までの笑みとは微妙に違うーを浮かべて僕の言葉を遮った。

「別れましょう。」

なんで・・・・。
さっきまであんなに楽しく過ごしていた僕らがどうしてこういう話になるのか僕にはわからない。
ただ、彼女はそのセリフを言ってすぐに席を立ち、いままでどうもありがとうと僕に軽いキスをして、コートを片手に店を出て行った。

残された僕はわけがわからず椅子に座ったまま呆然とした。

僕はマスターがチラリとこちらを伺ったのにも気付かなかった。



「おれは同情するね。」

わけがわからない僕は釈然としないまま、後日シンを呼び出した。シンとはすっかり飲み仲間になっている。
僕より5つも年下なのに、シンはけっこう酒に強かった。いつもは約束することはないのだけれど、今日は一人で飲みたくなくてシンに連絡を取ってしまった。

そんな僕に同情してくれたシンに僕はありがとうと返した。
「バカ。彼女にだ。」
「?」
こいつらホント、タチ悪い。とかなんとかげんなりした表情でシンが呟いた気がするが、早くて小さい声だったので聞き取れない。
「なんで?」
と口にした僕をシンが横目で、しかもすごく嫌そうな顔で見た。
「俺はアンタらの関係はわかんねぇけど・・」
シンは少し言葉を切った。
「お前はアイツがいなくなったらどうなる?」
「気が狂いそうになると思う。」
「即答だな・・。」

だって、以前よく夢にみたんだ。アメリカに戻ってきた頃。アッシュが死んだ夢を。僕は夢の中であり得ないほどアッシュの事だけを考えて探しつづけた。・・どうしよう。どうして。まさか。いや違う。アッシュは死んでなんかない・・。夢なのに妙にリアルで僕の胸は暗いものでいっぱいになった。どこを探しても見つからない彼に僕は気が狂いそうになる。何かで胸をひどく締め付けられ息ができなかった。目が覚めても鼓動は止まらず、毎回毎回アッシュの無事な姿を確認するまで安心できなかった。あんな思いは夢だけで十分だ。

「じゃぁ。もう一つ。」
少し間を開けてシンは話し出す。
「英二はアイツと離れて暮らせるのか?例えばお前が彼女と暮らす事になったり」
え?
「それは、」
当然だろと口を挟もうとした僕をシンは許さず言葉を続ける。
「アイツが誰かと暮らすことになったりした時。」

アッシュが?

それはそうだろう。僕だっていつまでも2人が一緒に暮らすとは考えていない。
いつかはお互い家庭なんてものを持ってそれぞれに暮らすはずだ。
と漠然と思っている。・・・と思っていた。
だけど、改めてそう聞かれると、そんな事を想像できない自分がいた。
いや、自分が好きな女性と結婚して家庭を持つことはなんとなく想像できるのだ。
でも、逆にアッシュのそういう姿を想像できるかどうかと言うと・・。

「あなたにとって彼はなんなの・・・か。」
「女は怖ぇな。」
シンはグラスの氷をカランとならし、手の中の酒を傾けた。
「もう一度考えてみたらどうだ。別れちまった彼女のために。」

それと一緒に住んでるアッシュのために、な。

とシンは呟いた。





僕は黙ってドアを開けた。
コートハンガーを見るとアッシュの上着がかかっている。帰っているのだろう。
振り出した雨に濡れた僕は直ぐにシャワーを浴びた。そこそこ温まった僕はバスルームを出る。
リビングに入るとソファーの上でバディとキティが眠っていた。あの2匹は仲がいい。

アッシュが書斎にしている部屋からキーボードが叩れる音がする。
淀みなく打たれていたその音が途切れた。
アッシュがこちらの部屋へ来るかもしれない。

僕はなんだかアッシュと顔を合わせたくなくて、そのまま寝室に入り電気もつけずに髪を濡らしたままベッドに寝転がる。
しばらくしてアッシュが寝室のドアを開けた。リビングの明りが寝室に差し込む。だがベッドまでは届かなかった。
その腕にはキティが抱かれているようだ。バディもアッシュの足元からこちらの部屋へ入り込んで僕のベッドサイドに横たわった。
電気をつけていないこの部屋で、僕の表情はあまりアッシュに見えないはずだ。だけど、僕はアッシュに背を向ける。

「ー英二?」
アッシュはベッドサイドに立ち僕を見下ろした。
「お前、帰ったならそう言えよ。」
彼は僕のベッドの端に腰掛けた。その重みでベッドが少し軋む。
「なんだよ。とうとうフラれたのか?」
アッシュの腕から飛び出たキティがベッドに乗って僕の前に来た。
「お前のよさがわかってないのさ。」
キティが小さくあくびをして僕のお腹の前で丸くなる。暖かいー。
「すぐに次のやつがみつかるさ・・・。」

僕はどの言葉にも返事をしなかった。
何も話さない僕に不安になったのか、アッシュの腕が上げられ僕の髪を触ろうとする気配を感じた。だがその手はいつまでも僕には触れてこなかった。

めずらしくやさしい言葉だけを掛けて来るアッシュに、僕は黙っているのが申し訳なくなる。

「アッシュ。」
「何だ?」
「ありがとう。」
僕は振り返らなかった。
「でも君がやさしいと何か悪いことが起こりそうだからやめてくれる?」
「お前ー。」
アッシュは枕を取り上げ、僕の頭の上から軽く叩くようにして押さえつけた。
「一人で寝て、フラれた寂しさを実感しろ。」
僕はクスクス笑って僕の上から枕を取り除いてそのまま抱いた。
僕の前で丸くなっていたキティは驚いて僕から離れる。
アッシュは立ち上がり、心配して損したと呟いてリビングに向かった。
「僕はこのまま寝るよ。お休みアッシュ。」
「ああ。お休み。」
ドアが静かに閉められる。
またキティが僕の元に戻って今度は僕の背中に彼女の背中をつけて眠り始めた。そうされると押しつぶしそうで寝返りが打てないんだけど・・。

アッシュのやさしさが嬉しかった。でも僕は素直に喜べない。
だってアッシュが僕にやさしい時、とんでもないことを僕に隠していることが多いから。
でも今回は何も隠していることなんてないんだろう。多分。
というか僕が今こんなに落ち込んでいるのは彼女に振られただけじゃないんだー。
僕はなんだかアッシュに申し訳なくなる。

アッシュはやさしい。
『お前だけだ』シンの声がする。

『あなたにとって彼はなんなの?』彼女の声がする。
僕たちは友達だ。

『君たちは親友だ。わかってるな。』
僕を残して帰国した伊部さんの声と強い瞳が思い浮かんだ。

親友だー。

『もう一度考えてみたらどうだ。』

僕はアッシュのいろんな事を知っている。
こういう事を言えば怒るだろうとか。こういう会話で笑うだろうとか。真剣になってる時の無表情さだとか。本当は傷ついて泣いてしまった時だとか。君が拾ってきた猫を僕が構いすぎてるとちょっと拗ねてる感じだとか。拳銃を持って相手を狙ってるときの強い瞳だとか。僕が本気でヘソを曲げた時の心底困った表情だとか。自分に都合の悪いことはトボけてごまかそうとする時のにくたらしさとか。僕の脇腹の銃創を見るときのなんともいえない後悔の表情とか。いつまでたっても危機感の少ない僕にイライラしながらここは日本じゃないと忠告する時の厳しい君とか。フラれた僕を慰めてくれるやさしい君とか・・。

でも僕は

『アイツが誰かと暮らすことにー』

君が僕以外の誰かと暮らしているところを想像できないんだ。


シンと別れたのは早い時間だった。車で送るとの申し出を断って僕は歩いて帰ってきた。
1時間くらい歩きながら、どうして君が僕以外の誰かと暮らしているところを想像できないのかグルグルグルグル考えた。周りの景色は全く見えてなかった。雨が降り出したことにも気付かなかった。よくここまでたどり着いたと思う。
だけど歩いて帰ってよかったのだ。その間に答えがでた。

ー僕にとってのアッシュは

『もう一度考えてみたらどうだ。別れちまった彼女のために。』

ーごめん。僕は彼女に心の中で謝った。あの時は本当にそう思ってたんだ。

”それと一緒に住んでるアッシュのために、な。”

ー僕にとってのアッシュは・・。

『君の傍を離れたくないんだ。』

それが僕のこの上なく正直な気持ちだ。
離れて暮らすこと自体考えられなかった。
僕にとってのアッシュは何よりも優先されるものだ。
日本に残してきた家族よりも。
本気で好きだと思っていた彼女よりも・・。

この感情は他の誰にも持ち得ない。

僕は抱えていた枕をギュっと強く抱きしめた。
考えるだけで胸の鼓動が強く打たれる。


ー僕はアッシュの事が・・。












はい。最後まで読んでくださった方本当にありがとうございました!ホントにホントにありがとうございます!
アッシュが生きてたら第二弾。今回は英二の気持ちでございます。
ど・・どうでしたかね・・。この話は前回の話の一応続き?になっております。相変わらず妄想全開でございます。
面白かったですか?せつなくなっていただけましたか?2次創作というものはファンタジーだと私は思っておりますが、貴女と私のファンタジーが合えばいいなぁ。2人のファンタジー。なんてな。
私はちなみに2人がどちらも同じくらい好きですが、どちらか選べといわれれば英二スキーです。でもどっちも同じくらい好きですけど、英二の方が感情移入できるので・・。アッシュスキーの方にも楽しんでいただけたかなぁ。待てよ。それ以前に英二スキーの人に楽しんでいただけたのかどうなのか・・。
私はif設定でなければ2人のこういう話を書く事がないのですが、if設定だとこんなカンジに。
振り幅でっか!とか思います?この後を書いて行くともっとフリハバデッカくなります・・。多分・・。勇気があったら・・。
次の話は2人がめでたく・・・・・して、その次はもう脈絡もなく甘々な2人を書いてみたいと思っております。・・・多分・・・勇気があったら・・・。でもそれまでに、またアッシュの過去とか書いて見たいし。まぁ。いつになるかわかりませんし、出来上がるかもわかりませんが、続き・・読みたいですか・・?
前回のAnother oneにたくさんの拍手とコメントありがとうございました!それが本当に大きな原動力となりこの話を書くことができました!ちょっとでも楽しんでいただければいいなぁ。といつも思っております。今回も最後までお付き合いくださった方。本当に本当にありがとうございました!

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2013.01.07 00:39 | # [ 編集 ]

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2013.01.08 15:02 | # [ 編集 ]

>Y.K.様
ああ!Y.K.様!
あけましておめでとうございます。そうですね。三度目ましてですね!
前回は熱いコメントありがとうございました~。
そうそう休眠していたのです。復活したと言っても、以前のようにほぼ毎週とか活動できないですけど、ボチボチやっていこうと思っています。

「“君が犬につけた『バディ』だって大概だ。”この独白がもう好き過ぎて」
マニアックなところが好きなんですね(笑)いやわたしもこのセリフ好きですけど。原作では英二が名前をつけたんでしょうけど今回アッシュにつけてもらったことにしました。このセリフが好きと言ってくださったY.K.様はご存じだと思うのですが、このバディという言葉、『仲間』、とか『兄弟』って意味があるんですよね?
アッシュは自分が英二に救われたと思っていると私は思っています。で、この犬も英二に救われてきたし。「お前もアイツに拾われたのか。仲間だな。」ってカンジで、アッシュがこういう名前をつけたことにしちゃえ。と思って。でももちろん英二は気づいてないですww。
ワンちゃんが国民的に大好きなイギリスでは飼い犬の事もバディと呼ぶ?そうで、英二の『大概だ。』発言もありかなぁと思って言わせてみました。という裏設定でした。まぁ、英語文化圏事情なんて詳しく知らないからもちろん憶測デスけど。
細かいセリフを拾って下さってありがとうございました(^-^)


「マックスの「マイサン」にやられました!」
クリスマスネタも読んでくださったんですね。やっぱりマニアックなところがお好きですね(笑)ありがとうございます!
仰るとおりこの2人の擬似親子は原作では1,2を争う名コンビですね。サイコーだと思っております。私も好きなんですよねー原作のこの2人の掛け合い。


長いコメント。他にもいらっしゃいますよ(^-^)
楽しくて嬉しいコメントありがとうございました!

2013.01.08 20:50 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]

>ちょこぱんだ様。
わ~。ちょこぱんだ様!読んでくださってありがとうこざいますー。o(^▽^)o
ちょこぱんださんは英二スキーなんですね。もうこの話し英二スキー様方にそっぽ向かれたらおわりだわー。でも彼女とか出しちゃってるわ~。とか思ってたので・・。
よかった!楽しんでいただけて!ありがとうございます!

「本当はアッシュも抱きしめたいのを我慢してしまうんですね。 」
わぁ・・。私、そこのところを書きたかったんですが、うまい事書けなかったなぁ。とヘコんでいたのでございます。そうなんですそうなんです。アッシュは何度も英二に触れようとするんですが、触れたいんですが、触れられないんです。そのコメントありがとうございますー(>_<)

「シンも良い事言ってくれますね。 」
前回は伊部さん。今回はシン。に頑張っていただきました(笑)

ところでそうですか、クリスマスW
お嬢様が素で(笑)
大物になりますよ~。ケンカにならなくてよかったじゃぁないですか。
お母さん・・。夢は夢でということですね!(笑)

それではまたお暇な時にでも覗きにいてください。
楽しいコメントありがとうございました!

2013.01.08 20:53 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]

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2013.01.10 14:37 | # [ 編集 ]

>ちょこぱんだ様
こんばんわ!2度目のコメントうれしいです~。
「小葉さん、どうしよう 」
この後に続く色んなコメントいただいてこちらこそどうしようどうしようでございます~。英二スキー様にそう言っていただけると「ま・・間違ってなかったのかも・・」と思えます。本当に光栄です~。。・゜・(ノД`)・゜・。
なんとも嬉しいコメントをいただけてありがとうございました!舞い上がりました!

「段落の最後のつぶやきが, 」
ああ・・。これ今回ちょこぱんださんにコメントいただいて改めて読み返して気づきました。な・・なるほど。正直ストーリーにはどうでもいいことなんですが、あんまり深く考えずに、でも英二ならこう思うだろうな、と思うことを入れてます。結構無意識で入れていくのですが、これって私のクセなのかなぁ?たしかに段落の最後に入ってることもありますね。でもこんな終わり方が好きなんです。好きだといってくださってうれしいです^^。Snapshots が好きだと言って下さってありがとうございます!流石英二スキー様。あれも英二一人称ですね(笑)あれの段落の最後はああ言うカンジで揃えようと思って書きました。そうコメントくださるとうれしいです~(^-^)

「一体この先どんな風になるんでしょう? 」
どうなるんでしょう(遠い目)
・・びっくりするほど、ベタな設定にベタなセリフ。そしてベタな2人になる予定かも。呆れないでくださいね。でもなかなか出来ないと思います・・・。

「恋の猛アタック?」
(笑)よく覚えてらっしゃいますね(笑)

それでは本当にうれしいコメントありがとうございました!この先がんばって考えます!(でも次のアップは全然違う話予定です。ごめんなさい)
ではまた遊びにきてやってくださいね♪

2013.01.11 00:13 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]

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2013.01.13 01:52 | # [ 編集 ]

>Lucy様

お忙しいなか読んでくださってありがとうございます~♪

「もじもじ」してしまいましたか?(笑)ごめんなさいねこっぱずかしい話で・・・・(*ノノ)

「アッシュと英二の生活も自然ながら、英二と彼女の話もとっても自然で」
そういっていただけるとなんかほっとします~。アッシュが亡くなるまでの話とちがってif設定は妄想前回なもので、軌道を外れすぎてないかとちょっと不安だったのです・・。

「『女が俺の機嫌を伺う』。あぁ、そんな感じですね! いかにも言いそう(^m^) 」
こういうのを「しょってる」っていうんでしょうねぇ(死語)
本当に女はアッシュの機嫌を伺うでしょうね。アッシュはどうでもいいんでしょうけど。どうでもいいから冗談っぽくさらっと言葉にだせちゃうみたいな。

そうそう。アッシュは英二と彼女の仲が気になってしまうでしょうねぇ。でも考えまいとしている設定です。素振りにもださない。
でも彼女は気付いちゃってる。そこが「女は怖い」ところでございます。彼女は本当に英二が好きだったんですよ。(涙)
彼女を「すっきりと素敵」とコメントくださってありがとうございました!
逃した魚はでっかいわよ。英二!ってところでしょうか。

「二人の距離をもっと縮めてあげてください」
次はもっとこっぱずかしい2人になる予定ですが、縮まるまでにいたらなくて・・・。どうやったら縮まるんでしょう・・・。
えー。Lucyさんのところの2人はどうなるんですか~。(←こんなところで聞くな聞くな。ごめんなさい。)
私は持久力がないので、うまいこといけば次はゴールインでございます!でもはずかしすぎてアップできないかも。
『好きだ!』『僕も!』そしてハグ。めくるめく2人の世界・・・・・・・・・。
・・・・・・・・えーと。ここまで恥ずかしくないですが、くっつくってこういうことですよね・・。2人なりに上手いことくっついてほしいです。
でも、次回のアップ予定はこの話と全然関係ない2人のほのぼの話の予定です。
またお時間のあるとき覗いてやってくださいね~♪

それでは素敵なコメントありがとうございました!

2013.01.13 13:26 URL | 小葉 #jneLG44g [ 編集 ]

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2013.01.14 13:47 | # [ 編集 ]

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