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Banana Recipes

漫画 BANANA FISH の2次創作ブログです。 BANANA FISH 好きの皆様と仲良くしていただければ嬉しいです♪一部BL・R18あります。ご注意を。

気付けばぼくは、ぼくのアパートメントの玄関に立っていた。

ぼくは右腕を見た。
時計が、ない。
あれほどぼくを悩ませた頭痛も、嘘のように消えていた。

「英二」
ぼくは真横に立っているシンを仰ぎ見る。
「シン」
シンが真剣な目でぼくを見下ろしていた。
「どうなった?」
「わからない。救急車がくる前にぼくはここに……きみは?」
「ラオを李家の病院に放り込んでから電話で月龍に事情を話しているところで気付けばここに」
「そう……」
シンがその手でぼくの頭を彼の胸に寄せた。

「がんばったな」
「うん……」
「お前はがんばったよ。英二」
「うん」
ぼくはシンのシャツを掴んで、その胸にしがみつこうとした、その時。

リビングのドアがガチャリと開いて、ぼくを呼ぶ声がした。
「英二?ここにいたのか」
ぼくの心臓が脈を打つのを止めた。
この声は。
「英二?」
この懐かしい声は……そんな。

ぼくとシンは振り返った。ドアから出て来た人物を見て、硬直する。

ぼくの心臓は止ったままだ。なのにぼくは小さい頭痛に襲われる。
すっかり慣れた頭の痛み。時間旅行をする時に感じる痛み。
最初は小さなそれが、どんどん大きな痛みになっていく。

ドク………ドク……ドク、ドク、ドク、ドク、ドクドクドクドクドク。
そして記憶が頭の中から溢れて、すごい勢いで回りだした。

記憶はぼくがアメリカに来た時から再生される。

棒高跳びを跳べなくなったぼくは、伊部さんに連れられてアメリカに来て
“彼”に出会って
コルシカマフィアと”彼”の闘争に巻き込まれて
一度は”彼”が死んだと報道されて、でも生きていて
ぼくたちはアッパーイーストの高級アパートメントに住んでいた。
彼がまたマフィアに捕まって、助けに行って
また逃げてぼくが撃たれて
入院したぼくに”彼”は会いにきてくれて
最後の戦いでコルシカマフィアは死んだらしいけど、”彼”は。

彼がラオに―― 

きみがラオに―― 
きみが図書館で―― 
図書館で……

ぼくの頭痛はこれまでにないほど脈打ち、どんどん激しくなってくる。

ぼくは一人でNYに残った。きみを探すために。
きみを探すため?
ぼくは写真を撮り続けた、きみがどこかにいないかと、
きみがいないかだって?

ぼくたちはアッパーイーストの高級アパートメントから2人で引っ越したじゃないか。

2人で?1人じゃなくて?いや2人でだ。

ぼくはNYで仕事を探して、やっと写真の仕事を手に入れ始めた。
シンはチャイニーズに怪我をさせられたぼくの事を気にかけてくれて、たまに会うようになった。
ぼくはシンと友達になってよく遊ぶようになった。
写真で賞を取ったぼくをシンは自分のことのように一緒に喜んでくれた。
シンも喜んでくれたけど、もちろんアッシュもだ。

ぼくは転々と住居を変えるアッシュの引越しに必ず着いて行った。

アッシュ?
だってアッシュは、あの時、図書館で。
図書館がどうしたって?
だって、彼は無事にここに、
今ぼくの目の前にいるのは。

「英二。どうした」

”彼”の声がする。懐かしい声。
頭が割れるようにガンガンしている。一人では立ってられなかった。
シンがぼくを支えてくれる。
アッシュはそんなぼくを支えているシンの腕をほどいて、ぼくの体を抱き込んだ。

ア ッ シ ュ が ぼ く の 身 体 を 抱 き こ ん だ 。

そして真正面からぼくを覗き込む。
ぼくは真正面からその瞳を見つめ返した。
きれいな……きれいな翡翠色の……ぼくはこの翡翠色を。

「だいじょうぶか?英二」

―― アッシュ!!

そしてぼくの止っていた心臓が動き出す。身体に血流が流れ出すのと同時に、ドクリと大きく音がするような、血管が切れたかと思うほどの強い痛みが頭を襲った。

「あ……」

ぼくは小さく呻いた。そして意識を手放した。



✳︎



―― ぼくは全てを書き終えた。

あれからぼくは彼の腕の中で意識を手放して、しばらくして目覚めた後、一人で中華街に行ってみた。だがあの店にはたどり着けなかった。その帰りに文房具屋でこのノートを買ったのだ。

寝室の小さな机に向かってこのノートに書き始めてから何時間たったのだろうか。時刻は深夜をとうに過ぎている。もうすぐ夜も明けようとする時間帯だ。
久しぶりにたくさんの日本語を書いた。

合っているのだろうか……。

合っているかどうかというのは、ぼくの漢字やひらがなの事ではなく、ぼくが体験した事すべてについてだ。

ぼくの記憶は、過去の記憶と今の記憶が混ざり合いどんどん変わっていっているようだ。ぼくが経験したはずの”彼が死んだはずの過去の記憶”が、新しい”彼が生きていた記憶”に塗り替えられ、だんだんと思い出せなくなる。
ぼくがこのノートの最初のページに書いたことすらおぼろげになっていた。
いつかは全てを忘れてしまうんだろうか。

でもぼくは忘れたくないんだ。

”彼”を失くしてからぼくがどれほどの感情を持って、どんな日々を過ごしてきたのかを。そんなぼくを支えてくれた人に僕は感謝しながら、ぼくはその人を傷つけた。それを忘れちゃいけないんだ。
だけどぼくは、もう一度同じ事が起こっても、何度でも繰り返すだろう。”彼”を取り戻すためなら。

ぼくは振り返ってベッドを見た。
そこには小さな寝息をたてて、めずらしくぼくより早く眠ってしまった”彼”の寝顔があった。
ぼくはノートを片手に、極力音を立てないように忍び足で、”彼”の眠るベッドまで歩く。サイドボードの引き出しの奥にそのノートを片付けた。

全部夢だったらどうしよう。ぼくは眠るのが怖かった。

でもぼくは静かにそのベッドに潜り込む。

カーテンを引いた窓の外はほんのうっすらと明るくなっていて、気の早い小鳥がさえずる声が小さくぼくの耳に届く。

横向きになったぼくの目の前に”彼”の寝顔があった。

きれいなプラチナ色の睫……。

アッシュ。

これが夢で、目が覚めたらまたきみのいない現実だったとしても、ぼくは何度でもきみの元へいくよ。



続く


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