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Banana Recipes

漫画 BANANA FISH の2次創作ブログです。 BANANA FISH 好きの皆様と仲良くしていただければ嬉しいです♪一部BL・R18あります。ご注意を。

腰に何かが当たる違和感を感じてぼくは目覚めた。


ぼくは深い眠りからの突然の覚醒で、ここがどこかもわからない。天井を見る……。ぼくの部屋か。

視線を少し傾けると、ベッドの横にシンが立っていた。その表情は厳しい。さらに視線を動かすとシンの手にはぼくの銃が握られていた。かつてシンからもらったオートマチック銃だ。

最近、ぼくが過去に戻るときにはいつもその銃をぼくのジーンズに差して携行していた。数時間前に過去から戻って、疲れきっていたぼくはそれを腰につけたまま眠ってしまったんだっけ。シンがぼくの腰からその銃を抜き取った感触でぼくは目覚めたんだろう。

ぼくが目覚めた事に気付いているだろうシンは、黙ったまま銃の弾倉を開けて銃弾の数を確認しているようだった。

……ああ、まずいことになりそうだ。

そして、シンはベッド脇のサイドボードの引き出しを引いた。いつもはそこに、シンからもらったその銃と未使用の銃弾の小箱を置いている。マックスからもらった”彼”の銃もそこに入っているけど一度も使ったことはない。

「……何してるんだい?」
ぼくはベッドに仰向けになったままシンに声をかける。
シンが引き出しの中に手を伸ばし、銃弾の箱の蓋を開けて中を確認する。弾の数が減っていることにシンも気付いたのだろう。

「お前こそ何をしているんだ」
真剣な眼差しがぼくを射抜く。その瞳は怒りにも似た色を孕んでいた。
「何って……別になにも」
「何もしてないのに弾が減るわけないだろ。どこで使った」

シンの口調が厳しい。

過去に遡った先でストリートキッズの抗争に巻き込まれて数回使った。そんなこと言えるわけがなかった。だけど他にうまい言い訳なんてあるはずもない。結果、ぼくは黙り込んでしまった。シンを無視するつもりはないのだけれど、彼の瞳を見返すことができずにゆっくりと目をつむる。

そのまま長い沈黙が続く。

しばらくして空気が動いた。先に口を開いたのはシンだった。
「お前、今日おれと約束していたの覚えてるか?」
ぼくはハッとしてシンを見た。その表情は曇っていた。
そうだった、今日はシンと新しい部屋を契約しに行くはずだったんだ。ぼくは過去に戻る合間にシンといくつかのアパートメントを回り、ぼくらは先日二人で一つの部屋を決めたのだ。

「ごめん……」
シンはぼくが約束を忘れたことを怒っているというよりも、どちらかというと心配しているかのようだった。ぼくの様子がおかしいときにぼくをじっとみるシンの癖。

また少しの沈黙が続く。

「また”あいつ”を探しているのか。仕事まで休んで」
そう、ぼくはここ数日仕事を休んでいた。過去に戻るために。だけどそれはシンには言っていないはずだ。
「最近いろんなやつに“あいつ”が生きてないかと聞いているらしいじゃないか」
「ぼくは”彼”を探してなんかいないさ」
助けようとしているだけだ。
ぼくはようやくベッドの上に身を起こしながら髪をかき上げる。

「じゃぁどうしてだ。マックスや、伊部、挙句のはてに小英にまで聞いて」
聞いたんじゃない。確認したんだ。ぼくは何度も過去に戻るんだけれど。この今の時間に戻ってきたときに、ぼくが過去で起こして来たことが“彼”になんらかの影響を及ぼして、彼が生きてはいないかと、誰かに確認せずにはいられなかった。だけどシンには聞いていない。どうしてシンがそれを知っているのか。
「君はなんでも知ってるんだな。ぼくにプライベートはあるのか」
「英二。心配してるんだ」

ぼくは少し口の端を上げて嗤った。
「またぼくが狂ってしまったんじゃないかって?」

ぼくは”彼”を探してNY中を昼も夜も歩き回っていた時期があった。

誰の真摯な忠告も聞かなかった。ぼくのそんな姿は周囲からはさぞおかしくみえたんだろう。マックスには怒鳴られアパートに連れ戻され、伊部さんには国際電話で諭された。アレックス達には困った顔で、もうダウンタウンには来ない方がいいと言われたし、他のストリートキッズ達には、あいつのオツムはとうとうイッちまったと肩をすくめられ、嗤われた。
その中でシンだけが黙ってぼくに付き合ってくれたんだ。でもシンは“彼”を探していたわけじゃない。“彼”を探すぼくの隣にいつの間にか現れて、長い散歩に付き合ってくれていただけだ。ぼくの進む方向が合ってようが間違ってようが、なにも言わずただ付き合ってくれただけだ。ぼくが“彼”の死を受け入れるまで。ぼくが“彼”を諦められるまで。

『お前が落ち着いてよかった』

マックスの声が頭の中でよみがえる。

落ち着いてなんかない。

ぼくは落ち着いてなんかいないんだ!

“彼”を取り戻せるのなら何百万分の一の確率だってぼくの全てを掛けてみせる。今ぼくがやっていることが例え幻で、ぼくの頭がおかしかったとしても。ぼくはそうせずにいられないんだ。

……行かなきゃ。

ぼくは枕元の目覚まし時計をチラリと見た。眠る前に腕時計で設定した時間がもうすぐ来るはずだ。

「銃を返してくれ」
「返すと思うか?」

思わない。
ぼくがシンでも返さないだろう。だが、シンの手の中にある銃を力ずくで取り返す時間も自信もぼくにはなかった。でも今回の時間旅行先では銃が絶対に必要だ。

仕方ない。

ぼくは勢いよくベッドから出て、開けっ放しになっていたサイドボードの引き出しに入っている”彼”の銃を掴んでジーンズに差す。そして強引にシンの横をすり抜けて外に出て行こうとした。シンに腕を掴まれる。

「待て」
「離してくれ」
「お前、今からどこへ行く気だ」
ぼくとシンは軽く揉み合いになった。
ぼくは知らぬ間に壁側に追いやられていく。シンがぼくを逃がさないように、僕の腕ごと壁に両手をつけた。ぼくはシンの両腕の中に囲われて動けない。シンを見上げた。
「行かせてくれ」
「だからどこへだ」
言えない。言ったところで信じてもらえないだろう。それどころか本当にぼくの精神が疑われる。
真剣な眼差しでぼくを見るシンと目が合う。ぼくはまたシンに心配をかけている。
でもー。
ぼくは申し訳なさから目を逸らして下を向く。

「英二。こっちみろよ」
シンの哀願するような声。普段のシンからは想像できないような声だった。

ぼくは思わず彼を見た。
ぼくたちの目が合う。
シンがゆっくりと僕の唇に唇をよせた。やわらかいキス。

「俺を見てくれ」
唇を離したシンはもう一度ぼくを真正面から見た。そして、ぼくの腕を離して、ぼくの肩に顔を埋めながらぼくを抱きしめた。

「お前はいつになったら“俺”を見てくれるんだ」

シンを見て?シンは何を……。

だがその言葉に、ぼくは初めて気付いたんだ。


ぼくはシンを見ていなかった。


なんとなくシンに請われるままに体を重ね。なんとなくシンとの同居を承諾した。

愛してるとの言葉に、そのまま愛してると返した。

だってシンはぼくのそばにいてくれて、ぼくの事を見てくれて、いつもぼくの事を考えてくれて。だから、

ぼくもシンを愛している。

そう思ってたんだ。

「ごめん」
「どうしてあやまる」
ぼくは申し訳なさからシンの目を見ることができず、もう一度うつむいた。
「ごめんよ」
「あやまるな」
シンはさらにぼくを抱きしめる腕に力を入れた。
「あやまらないでくれ」
シンが苦しそうな声を出す。

シンは彼の片手に握られていたオートマチック銃を彼のベルトに器用に挟んだ。そしてぼくの頬を両手で掴み、上を向かせて、深い口付けをしてきた。

何度となく交わされた深いキス。

ぼくの神経が高ぶったときや、逆に何の反応もしなくなった時、ぼくを落ち着かせるためにか彼はこういうキスをしてくる。

ぼくがNY中を歩き尽くして、それでも探し物が見つからなかったとき。
そんな事はないと虚勢をはりつつ、もうだめだと絶望に落ちたとき。

いつもいつもぼくの側にいてくれたのはシンだ。

シンの舌がぼくの口蓋をなぞりながら、彼の広い掌でぼくの背中をゆっくりと撫で下ろす。ぼくの腰を片方の手で支え、もう片方の手が手前に回ってきて、腹をつたい上がり、ぼくの胸まで到達する。

「……ん」

ぼくの鼻から小さい声がこぼれたのを合図に、シンは唇を離した。胸の突起をまさぐりながら、ぼくの首筋に唇を寄せる。

このシンの抱き方に、これまでぼくは幾度慰められてきたんだろう。このひと時だけは、やるせない絶望を忘れることができた。いつしかその絶望はシンの献身に遠ざけられて……。

いつものシンの慣れた抱き方に今のぼくの思考も停止する。

それがシンにはわかるのか、今度はぼくの首筋を嘗め上げ、腰に当てていた手でぼくのTシャツの裾をジーンズからゆっくりと出していった。ぼくの背中が直に彼の手でなでられる感触がした。
ぼくはなにも考えられず彼の大きな肩にぼくの両腕を回す。
と同時に。

―― ゴトッ

何かが床に落ちる音がした。

”彼”の銃だ。

ぼくは先程それをジーンズに差して、シンを振り切って部屋から出ようしたんだった。そうだ。時間がないんだ。

ぼくは思わずその銃を拾おうと右腕をのばした。

その腕がシンの手で阻まれる。銃に手が届かない。
「シン……お願いだ」
ぼくはゆっくりとシンと目を合わせた。シンが強い瞳でぼくを見た。ぼくもシンを見つめ返す。

しばらくして、シンが諦めたように目を瞑り、大きくため息を付いた。そして彼の腕からぼくを開放してくれた。

ぼくは身を屈めて右手で”彼”の銃を拾った。その時、ぼくは右腕に違和感を感じた。違和感というよりも……。

「……ない」

右腕にあるはずの腕時計がなかった。

「どこだ」

ぼくはすばやく辺りの床の上を見る。

「ない」

ぼくは銃を持ったまま、目の前にいるシンを軽く押しやり、もう一度屈みこみ、サイドボードの下を覗き込んだ。

「英二?何をしてるんだ」
「時計が……あれがないと」
シンの問いに無意識に答えながら、脳味噌をフル回転させて思い出す。最後に時計を確認したのはいつか。

時計の針を合わせた。その時はもちろんあったのだ。そうか、ぼくはベッドの上で時計を腕から外してから針を合わせてそのまま眠ったんだ。

ぼくは立ち上がりながら、手に持ったままだった”彼”の銃をジーンズに差した。足早にベッドへと向う。ベッドの上掛けを剥いでシーツの上を探し、枕を持ち上げてその下を見た。

―― ない。

ぼくは焦燥感にかられた。あれを失くしてしまったら”彼”を助けられない。
血の気が下がる音が聞こえた。
ぼくはもう一度、上掛けを持ち上げ勢いよくバタバタと振ってみる。だけど時計は出てこなかった。

「時計ってこれか?」
シンが大きな背を屈めベッドの下から何かを拾った。あの腕時計だ。
「これがどうした」
シンが時計を彼の目の前でぶら下げて見ている。

「返してくれ」
ぼくはシンに向かって手を出した。シンの手からそれをもらおうと一歩彼に近づく。シンは一歩後ろに下がった。彼はぼくの言葉を無視して時計を見ている。

「お前。なんかおかしいぞ。……この時計、動いてないじゃないか」
「それは、君からもらった時から動いてないんだ」

時間がないんだ。ぼくはベッドサイドの時計を見た。あと10分もしない内に針を合わせた時間になる。
「俺から?俺、こんなのお前に渡したか?」
シンが怪訝そうにぼくに問う。シンの言葉にぼくは戸惑う。
「君が、誕生日プレゼントにくれたんじゃないか」
「俺が?」

ぼくたちは顔を見合わせた。

「君が……ぼくの誕生日に中華街の店に行けと言って」
「お前、店から受け取ったって電話してきたじゃないか」
「だからこの時計」
「違う」
「え?」
「この時計じゃない」

どういうことだ。

「俺がお前に用意したのは、カメラだ。お前、使ってみたかったといってたじゃないか。インスタントなのに一眼レフの」
確かにぼくはいつかシンにそんな事を言ったかもしれない。1980年代に発売されたそのポラロイドカメラは、本撮影の前に、その場で手軽にフィルムの出来を確認できる一眼レフとしてスタジオカメラマンに好評だった。だけど、そのころカメラの仕事がまったくなくて、お金のないぼくにはとても買えないものだった。そしてカメラの仕事をやりはじめてからも、なんとなく手に入れそびれているうちに生産中止になり、そもそもフィルムカメラの需要がなくなってしまったのだ。でもずっと使ってみたかった。

「じゃぁ。ぼくは間違って」
それを手に入れたのか。やっぱりあの店じゃなかったんだ。でもその時計がないと……。

黙ってしまったぼくにシンが言った。

「返しにいこうぜ」
「え?」
「これ今から、お前が間違ってもらってきた店へ」
その店へ案内しろよ。とシンが寝室のドアへと向かう。
「ちょっと待ってシン!」
シンが寝室から出て行ったのをぼくは追いかける。
「シン、ちょっと待ってくれよ。それをぼくに貸してくれ」
「どうしてだ?今から返しに行くんだ。俺が持っていてもいいだろ?」
「だって」
シンが玄関先のドアの前で立ち止まってクルリと振り返り、ぼくを真正面から見た。
「お前。お前の誕生日から様子がおかしい。この時計が何か関係するのか?」

言ったら返してやるよ。とシンがぼくを促した。
そのとおりだ。すべてその時計のせいだ。でもぼくはもちろん理由なんか言えなかった。

シンは諦めたようにため息をついた。そして玄関のノブに手をかける。
「行くぞ」
「待って、シ……」
「痛っ」

その時シンが顔をしかめて頭を押さえた。

「シン!頭が痛むのかい?」
まずい!その時計が示す時間になったんだ!シンは今、時間旅行前後の頭痛に襲われ始めたに違いない。

ぼくは時計に向かって手を伸ばす。何も知らないシンを一人で過去に行かせるわけにはいかなかった。

ぼくはシンの手にある腕時計のバンド部分を掴んだ。途端ぼくにも頭痛が襲ってくる。何度も聞いた時計の音も。

カチ、カチ、カチ、カチ。ドク、ドク、ドク、ドク。

ぼくはシンの手から時計を取り戻そうとするが、シンは彼の手から時計を離そうとしない。ぼくらはその場所で立ったまま頭痛に耐えた。

だめだ。この場所で、このアパートの中で、過去に戻ると……。

そしてまた、世界の空気が一瞬止ったように無音になり、すぐに再開された。






ぼくの頭痛が収まらない。時間旅行の回数を重ねる度、その頭痛はひどく、そして回復までの時間は長くなっているようだった。

ぼくは何とか辺りを見渡す。ぼくの見慣れたアパートの見慣れた玄関。

だけど、それはどこか真新しくて……。

「なんだ?今の……」
シンが彼の頭から手を離した。彼の頭痛は収まったようだ。ぼくは頭痛に耐えながら、ゆるくなったシンの手から腕時計を取り戻し、それをすばやく自分の腕につけた。
「シン。静かに。外に出よう」
ぼくはシンの脇を通り、ドアのノブに手をかけようとした、でも傘立てにつまづきそれを倒して大きな音を出してしまった。

まずい!

「なにやってんだ。お前。……こんなところに傘立てなんてあったか?」
ない。ぼくの部屋には。
だけど、ここは十数年前の過去だ。その過去にこの部屋に住んでいる人がいたら。ここに傘立てがあるということは……。

「おじさんたち誰?」

ぼくたちは声を掛けられて振り返った。ぼくのリビングのはずのドアが半分開けられて、そこから一人の小さな男の子がでてきてぼくたちをみていた。

「どうして子供が……」

シンがつぶやく。

「誰だ!そこで何をしている。金ならない。出て行け!」

男の子の後ろから男性が出てきた。その男性は男の子を彼の背に隠し、持っていたライフルを構えてぼくたちに照準を当てた。
「シン早く外へ!」
ぼくは玄関ドアを開けようとしたが、そのドアが誰かによって外からガチャリと開けられる。
「ただいま。遅くなっちゃった……わ」
と同時に外から来たその女性が金切り声を上げた。

ぼくは女性の横をすり抜けようとしたが、ぼくが女性を襲うと思ったのだろうか、後ろの男性が雄叫びを上げて走って来て、ぼくの首の裏をライフルで殴った。

その衝撃でぼくの視界は暗くなる。
「英二!っつ」
倒れるぼくの右腕を腕時計の上からシンがとっさに掴んでくれた。だが、シンも後ろから殴られて、その場に倒れこんだのをぼくは目の端で捉えていた……。







「英二。大丈夫か……。ここは?」

シンが心配そうにぼくに声をかける。ここ……はあの夢の中の店だった。相変わらず時計だらけの店の中にぼくらは立っていた。
「あ〜。ダメよダメダメ。英二くん。他の人連れて来ちゃルール違反よー」
ショーターの声がする。

ぼくはまた夢の中にいるのだろう。どうして……。そうか、腕時計をしたまま気を失ったからか。
たしか、腕時計を身につけて眠ったら彼に会えるのだった。
しかし、まずいな。今ぼくたちはどうなっているんだろう。あの玄関先で気を失ったまま、警察に通報でもされてるんだろうか。

早く目覚めなければ。

目の前ではショーターがブツブツと何か言っていた。
「うーん。でもルール違反って言っても、こいつにその事伝えてなかったな。よし、今言った。今度からは気をつけろよ」
ショーター、ではないのだったか。時間管理人だったか時間の妖精だったか……。
ぼくが彼の姿をショーターとして見てしまうのは、ぼくが勝手にそう見ているだけらしい。
自分にとってわかりやすい姿で彼のことを見てしまうんだそうだ。よくわからないけど。

……ということはシンにはショーターではなく、他の人に見えるんだろうか?

そう考えていると、シンが目を見開いて驚いたように呟いた。

「ショーター?」

やっぱり……。

「だから俺はショーターとやらじゃねぇつってんだろ。お前らよっぽどそいつの事を頼りにしてんだな」
時間の妖精だか時間管理人だかは、なんだか嫌そうに顔をしかめた。だがその後、気を取り直したのか、胸をはって得意気にシンに向かって自己紹介した。

「俺のことは、時の番人と呼んでくれ」

もうほんとショーターでいい。

「英二。こいつ何言ってんだ?」

わかる。ぼくも最初そう思った。
だけど、シンの問いに答えるには時間がなかった。
「みんな夢なんだよ、気にしないで」とシンに言って、ぼくはショーターもどきに話しかける。

「あー。時の番人さん。ぼくたち早く目覚めたいんだけど」
「んー?でも君、その人連れて来ちゃったし、はじめましての人にはその時計の事を説明しないといけないってのが俺様の仕事なんだよね」
シンが“時計”の言葉に反応する。
「時計?」
「そうそう。その腕時計の使い方。お前、英二君からちゃんと聞いたか?」
シンが目を少し眇めてぼくを見た。
「……聞いてない」
「そっかー。ならば教えてやろう。その腕時計の真の姿を!」
ショーターがまた芝居がかった口調で、嬉しそうにシンに向かって腕時計の使い方を説明しはじめた。
シンはそれに、「へぇ」や「それで?」等、相槌を打ちながら、時に的確な質問をして理解しているようだ。時折ぼくの方をチラリと見る。
説明が進むにつれ、シンの眉が曇っていった。
「つまり、その時計は行きたい時間へ連れて行ってくれるって事だな」
シンがそう結論づけた。
「そうだ!お前は飲み込みが早いな。嫌いじゃねぇぜ、そんなやつ。そっちのヤツなんて最初は全く聞いてなくてよ」
聞いてないのがバレてたのか。
ぼくは冷や汗をかいた。ぼくが冷や汗をかいている理由は、聞いていないのがバレたのではなく……。

真正面からシンがぼくを睨んでいた。

その瞳の奥には隠しきれない憤りが見える。だけどシンは感情を抑え、静かにぼくに問うた。
「こいつの言ってることが本当だとして、お前、何回過去に戻った?」
ああ。おそらくシンは全てを悟ったろう。ぼくが“彼”を助けに過去へ戻っていた事を。
「君には関係ないだろ」
そんな事を言いたいわけじゃない。だけど、シンにバレたからには“彼”を助けに行く事を止められる気がした。
「関係ないだと?」
シンの背から怒気が発せられたのが伝わる。
「最近のお前は上の空で、俺との約束を破ってまで過去に戻っていたんだろう」
「それは申し訳なかったよ。でも」
「お前、“アイツ”を助けようと、昔のストリートキッズの抗争に首を突っ込んでんだろ」
「シン。ぼくは」
「あの頃のガキが一番ヤバイ。皆、お前より銃の腕がいいのは知ってるだろ?」
「シン。でも、」
「お前、うっかり殺られちまったらどうするつもりだ」
「ぼくは」
少し強めの声を出して、ぼくはシンの言葉を遮った。
「“彼”を助けられるならそれでもいい」
「英二……」
ぼくはシンを真正面から見返した。
そこにショーターの声がかけられた。

「ああ。君たち。痴話喧嘩なら目が覚めた後でやってくんねーかな?」

時の番人の事をすっかり忘れていた。ぼく達は気まずさで目をそらす。

「まだそっちのデカイのに説明全部終わってねーんだよ。続けていいか?」

「続けてくれ……」

シンが時の番人に答えた。時の番人は楽しそうに説明を再開する。
「さて、最後に俺から言わねばならないことがある。聞いてくれ。時をかける君たちに捧ぐ4カ条」
生き生きと話し始める時の番人を見て、彼は自分の仕事が本当に好きなんだなぁ、と、ぼくは現実逃避にもそう考えた。

「一、一度戻った“時”の前後1ヶ月には戻ることができません。
なぜなら、同じ時空に何度も歪みを作るわけにはいけないからです。

二、過去の自分に会ってはいけません。
なぜなら、あなたはいままで自分に会ったことがないからです。

三、過去の親しい人に自分の事を気づかれてはいけません。
前項と同じ理由です。

四、未来の日付に時計を設定してはいけません。
なぜなら、未来はあなたがこれから作っていくものだからです」

ショーターにそっくりな時の番人は説明が終わって満足気にぼくたちを見た。

「わかったか?」
「ああ」
シンがうなづく。
「そうか。なら目覚めろ」
そう言ってショーターもどきが指を鳴らした。

ぼくの視界が白けてくる。以前もこんな感じで目覚めたんだった。
「ちょ……ちょっと待って。シン!」
「なんだ?」
「ぼくたち、目が覚めたらあの玄関で倒れたままかもしれないし、警察に通報されているかもしれない」
すでに警察に捕まっていたらどうしよう。
シンは霞んでいく視界に違和感を感じるのか彼の目に手を当てていた。
「あそこは、ぼくのアパートの玄関だけど、過去の誰かが借りているアパートなんだ。ぼくたちは多分強盗だと間違われて殴られて気絶したんだ」
どんどん白けていく視界のなかでシンが、わかった、と声に出したような気がした。


その後すぐに、ぼくの世界が真っ白になって―― ぼくは目覚めた。


続く

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