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Banana Recipes

漫画 BANANA FISH の2次創作ブログです。 BANANA FISH 好きの皆様と仲良くしていただければ嬉しいです♪一部BL・R18あります。ご注意を。

クラクションが勢い良く鳴らされ、水たまりの上を通った車のタイヤがぼくに水をかけた。

「うわっぷ!」

顔面から体にかけて―― つまりは全身―― 雨水の水しぶきで濡れてしまった。
今日は晴れていたが、舗装が充分でない排水の悪い道路にはおそらく昨日に降ったであろう雨の水たまりがところどころに残っていた。
ぼくは腕で顔を拭く。その手をそのままこめかみに持っていった。頭が痛い。どうもこの時間旅行には頭痛が伴なうようだった。
ひどい頭痛を感じたぼくはそれが収まるまでしばらくじっとしていたところだ。それは少しの間だったけど、泥水をかけられる羽目になってしまった。

ここはダウンタンだ。狭い道路の両側には、古くて茶色い壁。ボロボロになった背の低いビルが立ち並んでいる。
その立て付けの悪そうな扉の前で、話し込みながらこちらを見ている2人組、昼間から正体をなくして壁に持たれて座り込んでる人。


懐かしい……。


ぼくが悩んだ結果戻ってきたのは―― ”彼”と初めて会った日だった。


あれからぼくは、ない知恵を絞って考えた。直接”彼”が亡くなった日にはもう戻れないらしい。とすると、どうすればいいのかと。

どんどん日を遡って考えていく。

ダメだ。どこでどうすれば“彼”が助かるかがわからない。今も昔もぼくは非力で。”彼”には助けられてばかりで、ぼくは”彼”を満足に助けられたことがなかった。ぼくらが出会った時に、一度ヒキガエルのような男―― マービンから逃げる時に壁を飛び越えて警察に電話したぐらいか。

まてよ……とぼくはそこで気付いた。

あのマービンが殺されなかったらどうなってたんだろう。“彼”は濡れ衣を着せられて警察に行かずにすんだだろう。刑務所にも。
“彼”が刑務所に行っている間に殺されてしまったグリフィンもあんな結果にならなくてすんだのではないのだろうか。するとロサンゼルスに行かなかったかもしれないので、ショーターもあんな目にあわなかったかもしれない。

”彼”に被せられたマービン殺しの濡れ衣を阻止する。

ぼくは良い案に思えた。

直接“彼”の生死に関わることではないけど、マービンが死なないということは何か“彼”の運命を変えることができるような気がする。

そうぼくは”彼”の運命を変えるんだ!

そしてぼくは慌てて準備をした。午後から仕事を休んで。
あの頃着ていたような白いTシャツを探して手に入れ、お店でジーンズの裾を短めに切ってもらった。そのジーンズの膝をわざと破ってそれらを身につける。

髪の毛は……。今、ぼくは長めの髪を後ろで縛っていた。
これはこれでいいか、昔のぼくはいわゆるスポーツ刈りだったし。今の少し長めの髪だと同一人物だと思われる可能性も低くなるだろう。

昔のぼくと……か。

ぼくはよくいろんな人から、お前は昔と一緒で全然歳をとらないな、と言われる事がある。全然なわけがない。みんなは誇張して言ってるんだろうとは思うんだけれど。
ぼくはいつか買ったが、あまり使っていないサングラスをクローゼットの奥から探し出した。それを掛けて見る。鏡の前に立つ。

どうだろう?

さすがの童顔のぼくでも十代のストリートキッズに紛れるのは難しいかもしれない。

ぼくはため息をついた。
そして寝室に戻りベッドのサイドボードの棚を開けた。そこには二丁の拳銃が入っている。

以前シンから貰ったものと……“彼”の拳銃だ。

ぼくは手を伸ばしてから逡巡する。
どちらの銃を持って行こうか。やはり……。

その時ぼくの携帯電話が鳴った。その音でぼくはビクリとする。シンからだ。
ぼくは電話に出た。

「どうしたんだい?」
『お前、大丈夫なのか?』
何が、と声に出そうとして気づいた。そうか、ぼくは昨日気分が悪いと言ってシンに早く帰ってもらったんだっけ。
「大丈夫だよ。寝たら治ったよ」
『ならいいが……明日か明後日にでも体調がよければ部屋を見に行かないか?』
シンは本気で10日以内に引っ越すつもりのようだ。ぼくは正直そんなに早くなくてもいいのだが、最近シンには迷惑を掛けているから、好きにさせてあげようと思った。
「いいよ。とりあえず明日電話するね」
『ああ。待ってる』
そして電話を切った。

ぼくは、開けっ放しにしていたサイドボードの棚の中に視線を戻す。

オートマチック拳銃を手に取った。

弾の数を確認して、それをジーンズの腰に挿した。それがわからないように上からパーカーを羽織る。

そしてぼくは時計のネジを回した。今回は1985年。ぼくが始めてアメリカに来た年だ。”彼”と合った日付もばっちり覚えている。アメリカに初めて来た時、伊部さんと一緒に一日目は観光をして、二日目は刑務所に入っていたマックスに会いに行って、そして三日目に”彼”と合ったのだ。
ぼくは時計の針を合わせ終わった。時間は30分後にセットした。5時50分。ぼくと伊部さんが、スキップと待ち合わせした時間の少し前だ。

ぼくは急いで家を出て目的地まで足を運ぶ。ダウンタウンの外れに着いた。もうすぐ時計の針を合わせた時刻になるだろう。ぼくは適当な場所でじっと待った。

来る……。

カチ、カチ、カチ、カチ。

回っていないはずの時計の針の音が聞こえてきた。そしてすぐに頭に痛みを感じてくる。

ドク、ドク、ドク、ドク。

時計の音と頭の血管の脈打つ音が混ざり合い、ひどい頭痛がやって来た。
だけど”彼”を助けられると思うとそんな痛みなど気にならなかった。

今度は必ず・・・。

突然強い風が吹いたようなゴウという音がして、その後世界が一瞬だけ無音になる。次の瞬間には、街の音が再開された。



―― ぼくはもう一度過去への旅を決行したのだった。







車に泥をはねられた後、ぼくの頭痛が収まってきた時、背後から笑い声がした。

「お前、泥だらけだぞ、トロイやつだな。何やってんだよ」

ゆっくりと振り向くと一人の少年がいた。頭痛が完全に治まったぼくは、少年に答えず歩き始めようとする。
「なぁなぁお前どこ行くの?」
少年が馴れ馴れしくぼくの肩に腕を回してくる。
なんだ、こいつ……。
ぼくの腰と彼の腰が当たった。
「あれ?銃なんか持ってんだ?」

少年が少し大きな声を出し、銃に触ろうとした。

ぼくは、触るな、と言ってやろうとしたけど、そう言う前に彼がぼくをさらに引き寄せ、ぼくの耳元で囁いた。

「お前、あの二人に目をつけられたみたいだぜ?」

少年の視線の先をぼくはチラリと見る。先程、ぼくが頭痛が治まるの待っていた場所の辺りにいた二人組がこちらを見ていた。手に持っていた何か光るものを背後にさっと隠したようにみえた。ナイフ……だろうか。彼らはぼくが銃を持っているというぼくらの会話を聞いていたのだろう。目が合うと、チッと舌打ちしてぼくらの進行方向とは逆方向に行ってしまった。

少年がぼくの肩から腕をパッと離した。

「お前、あぶないやつだな。こんなところでぼーっと突っ立てんなよ」

そうだった。ダウンタウンは危ないところだった。
ぼくはかつて”彼”が、ここは日本じゃないと何度もぼくに忠告していた言葉を思い出す。
この頃より数年後から次第にダウンタウンの街並みも綺麗に、そして安全になって観光客が訪れる場所にまでなったとはいえ、ぼくがNYに来た頃はまだまだ荒んだ場所だった。

「ごめん。助かった。ありがとう」
「いいってことさ。ところで本当にどこに行くんだ?」
別に答える義理はないんだけれども、ぼくは助けてもらった手前ウソをつくのもなんだと思って正直に答えた。
「ピンク・ピッグ」
少年はちょっとびっくりしたようにぼくを見た。
「お前リンクスなのか?」
ぼくも少し目を見開く。この少年はピンク・ピッグを知ってるんだ。ピンク・ピッグとはリンクスの溜まり場のバーだ。ぼくと”彼”が初めて出会った場所でもある。
「違うけど……」
「じゃぁ。お前もリンクスに入りたいのか?ちょうどいいや俺も今から行くところさ。一緒にいこうぜ!」

リンクスに入る?
気のよさそうなその少年はなんというか、あまりストリートキッズには見えなかった。
よくある白いTシャツに膝の破れたジーンズ、そしてスニーカー。格好はぼくの知っているストリートキッズそのものだ。
黒い髪に黒い瞳。そして少し濃い色の肌。だがその顔の堀の深さから、彼が白人と黒人の混血だということがわかる。

どこがストリートキッズに見えないというわけではないんだけれども……。

その少年は先に歩き出した。
ぼくにそう声を掛けてくれたのはありがたかったが、ぼくはストリートキッズのリンクスに入れるくらい子供に見えるんだろうか……。なんだか複雑だ。
ぼくらは並んで歩く。少年は道すがらいろんな事を教えてくれた。
どのストリートキッズのグループに入ろうか悩んだこと。リンクスは人数こそ少なかったが、いろんな人種が混ざってるグループはそこくらいなので、そこに入ろうと思ったということ。普通は黒人は黒人同士。メキシコなどの南米系は南米系同士。またはもとからのアメリカにいる白人ではその中で幾つもの派閥があるらしい。
俺みたいな混血はどこにも混ざりづらいんだ、と少年は言った。
だがリンクスのボスだけはそんなことは気にしない。いろんな人種が混ざってるグループはリンクスくらいなんだそうだ。

「どうしてなんだい?」
どうしてなんだろう。そういえばぼくは気にしたことがなかった。
「……お前、聞いたことねーの?」
その少年はぼくの耳に口を寄せて小声で囁いた。
「リンクスのボスはゲイなんだってよ」だから何にも気にしねぇんじゃねぇの?
そう言ってその少年は笑った。
ガキの頃から男相手にウリをやってたんだってよ、と。

だからなんだっていうんだ。ぼくは彼の言葉に顔をしかめてしまった。“彼”は好きでやってたわけじゃないのに。
ぼくは途端不機嫌になった。
少年はそんなぼくをみて、まいったな、とつぶやいて頭を掻いた。

「結構有名な話なんだぜ?リンクスに入るの嫌んなったか?」
「別に。きみは大丈夫なのかい?」
「全然さ。ウリをやってたっていっても昔の話みたいだし。それに俺見たことあるんだ」
何を見たのかと聞いてみた。
「リンクスのボスのガンテクニックだよ。すっげーんだぜ。すっげークールだ」
少年は興奮して話し始めた。
先日、ダウンタウンの外れの崩れたビル跡の広場で、リンクスの掟を破った二人の少年達が制裁のために壁際に立たされていた。そこに偶然通りかかったらしい。
リンクスのボスは少年達に向けて無表情に引き金を引いているところだった。
弾丸は順番に、壁際の少年の右肩をかすり、左肩をかすり、右頬の真横の壁を撃ち抜き、左頬の真横の壁を撃ち抜いた。決して標的の少年には致命傷の傷を与えない。それを、二人分正確にやってのけたらしい。
「15ヤードくらい離れた場所から、顔の真横に狙って撃てんだぜ?すげえだろ。そうだ。その広場すぐそこなんだ。ちょっと行ってみようぜ!」
「お……おい。ちょっと待って」
その少年はぼくの腕を引いて返事も待たずに角を曲がってぼくをその広場に連れて行く。ぼくは早くピンク・ピッグに行きたいのに。だけど、広場は本当にすぐだった。
そして、少年は広場の真ん中に立って壁を指し示す。

「ほら。ここからリンクスのボスは撃ったんだ。顔色も変えず、正確に」

正確に、か。ぼくは“彼”の銃が正確でないのを見た事がなかった。

その時、広場の向こうの角から3人の少年が現れた。あれはー

「アレックス!」

少年が声を出して走り寄って行くその向うには、ぼくには見慣れた3人がいた。アレックス、ボーンズ、そしてコング。
でもみんな若い……。当然か。最近ぼくはみんなと連絡を取っていなかった。どうしているだろうか。

「なんだお前。こんなところに来るなって言ったろ?」

アレックスが嫌そうな顔で少年を見る。
少年はアレックスの元へ駆け寄った、そしてアレックスにせがむ。

「なぁ。今日こそリンクスに入れてくれよ」
「ああ?ダメだっつってんだろ」
「なんでだよ。頼むよ」
「お前、食わせてくれる親も寝る家もあんだろーが。ガッコーへ行けよガッコーへ」
どうやら二人は面識があるらしい。その二人のやりとりを聞いていたコングがアレックスに声をかける。
「アレックス。そいつ何だよ」
「あー。前にオーサーの取り巻き連中にカツアゲされてたところを追い払ってやってからしつこくてよ」
行こうぜ、とアレックスが背中をこちらに向けかけたとき。

ボーンズがぼくの腰を見て目ざとく声をかけた。
「お前、銃を持ってんのか」
「持ってるけど」
なんでわかるんだろう。パーカーを上から着ているのに。
ぼくは短く答えた。過去のぼくたちはまだ会っていないと思うけど、ぼくは彼らと極力会話などをしないほうがいいと思った。
「お前もリンクスに入りてぇの?」
入りたい……ワケじゃないけど、リンクスの溜まり場のピンク・ピッグには行きたかった。仲間になったほうが動きやすいだろうか?だが、ぼくがぼくであるとバレる確率も上がるだろう。どう答えようかと逡巡していると少年が勝手に答えた。
「これ、おれのマブダチ!めちゃくちゃ銃の腕がいいんだぜ。こいつと一緒にリンクスに入れてくれよ!」
言うにことかいて、ぼくの銃の腕がいいなんて……ありえない。ぼくは冷や汗をかいた。
「撃ってみろよ」
アレックスが数ヤード先のひしゃげたドラム缶を顎でしゃくった。

仕方ない。

ぼくはゆっくりと深呼吸してから銃を手にとって、両手で構える。安全装置をはずす。
サングラス越しに慎重にドラム缶に狙いを定めた。そして引き金を引く。
と同時に人気のない静かなダウンタウンの裏町に銃声が響き渡った。
発砲による振動がぼくの肩に響く。

「かすりもしねぇな」

アレックスが呆れた声を出した。
三つ並んだドラム缶は結構大きな標的のはずだったが、そのどれにも弾は当たっていなかったのだ。
「お前、すげぇ下手なんだな……」
少年が額に手を当てて上を向く。
ボーンズとコングが腹を抱えて笑った。

前にも笑われた事があったっけ……。

ボーンズが涙を指で拭きながらアレックスに向けて言った。
「こいつおもしれぇぞ、アレックス。お前、銃を持ってるやつが仲間に欲しいって言ってたじゃん」
「馬鹿。持ってりゃいいってもんじゃねぇよ」
アレックスが苦い顔をする。やっぱりリンクスには入れないだろうか……リンクスに入れないのは構わないが、ピンク・ピッグの店にも入れなくなりはしないだろうか。ぼくは自分の銃の腕前を恨んだ。
アレックスがそのまま背を向けた。
残りの二人もアレックスについていこうと背を向けようとする。

まずい。

そうだ。今もしぼくがアレックスにあの事を言ったらどうなんだろう。事態は変わるかもしれない。ぼくはその事を口に出してみた。

「今日の7時くらいにオーサーが昔の仲間を集めてピンク・ピッグを襲う」

場の空気が固まった。

隣に立っている少年が僕に問う。
「お前……何言ってんだよ」
アレックスの目が険しくなった。
「どこで知った」
一度経験しているからだけど、そんなことは言えない。ぼくは嘘をついた。
「オーサー達が話しているのを偶然聞いたんだ。ぼくはきみたちのリーダーを助けたい。ピンク・ピッグまで連れて行ってくれ」

「もう6時半過ぎてんぜ?」
コングが自分の腹に手を当てて答える。ぼくは知っている。コングの腹時計はまあまあ正確だった。
6時30分というと昔の伊部さんがちょうどピンク・ピッグで”彼”にインタビューをしている頃だろう。時間がない。

「ガセだったらただじゃおかねぇ。来い!」
アレックス達3人が走り始めた。ぼくも全速力でそれについていく。

あの少年は成り行きについてこれなかったのか、その場で突っ立ったまま唖然としてぼくらを見送った。






「どうした、早く来いよ」

ぼくたちはピンク・ピッグの前の道路に着いた。全速力で走ったぼくたちは全員が肩で息をしていた。アレックスは迷わず店の扉へとつづく階段を下りようとしたが、ぼくは店に入れないことに気づいて立ち止まった。

『過去の自分には絶対会うな』

ぼくはショーターそっくりな時間の妖精の言葉を思い出した。
店の中には昔のぼくがいるはずだ。

「先に行ってくれ」
「ああ?おまえ怖気づいたのか?」
アレックスが強い声でぼくを威嚇する。
お前、やっぱりウソだったのかよ、ボーンズとコングがぼくの背後に立つ。
「店の扉ってここだけかい?」
「そうだが」
ぼくは腰から自分の銃を抜いた。アレックス達がぼくに向かって身構える。
「ぼくはここでオーサーの仲間が来た時に食い止めるよ、きみたちはきみたちのボスに知らせて」
「……お前、信用ならねぇ。俺もここで待つ。ボーンズ。アッシュに知らせろ」
「あいよ」
ボーンズが階段を下りようとしたとき、ぼくたちの真横にバイクが急停止した。そこから降りた男の肩に当たってボーンズが跳ね飛ばされた。
「なにすんだよ!」
ショーターだ!
黒いモヒカン頭のその男は猛スピードで階段を駆け下りていく。
そうだった。あの時ショーターが来て慌しく“彼”に何か言っていたんだ。それからすぐに……。
「来る!」
ぼくが叫んだと同時に、数台のボロい車がピンク・ピッグの前にやってきた。ぼくたちの周りに乱雑に停車される。その中からたくさんの少年が飛び出してきた。
「オーサーの仲間だ!」
少年達は地下への階段を次から次へと下りていく。アレックスがその内の一人を撃った。ぼくらに気付いた敵がぼくらに向けて銃を撃つ。ぼくは誰も乗っていない車の影に隠れながら銃を構えて発砲した。
さすがのぼくも標的の近くから発砲しているので、敵の左肩に銃弾が当たった。狙ったのは右肩だったけど当たりさえすればどこでもいい。だが多勢に無勢で、ほとんどの少年達に店に入られてしまった。
アレックスがぼくたちの方を向いて叫んだ。
「俺たちも中にはいるぞ!」
「待って!やつらの狙いはスキップなんだ!」

ぼくの言葉にアレックス達がこちらを振り向く。

「スキップは地下の天井にある天窓みたいなところから逃げるんだ。どこかわかるかい?」

「お前、なんでそんなこと……」
「早く!」
そこで、スキップを……ぼくとスキップを今、助けられれば。
「それならこのビルの裏だぜ、来いよ!うっ」
ボーンズが走りだそうとしたとき、誰かに後ろから殴られて倒された。
「ボーンズ!」
その時ぼくらの後ろから聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「へぇ裏にそんなところがね。お前らこいつらを抑えてろ!」
耳の後ろで撃鉄を起こす音がした。
ぼくらの首裏にいくつか銃が突きつけられている。
ぼくらは動きを止めた。
彼らのうちの二人がぼくらをすり抜けて店の裏へと走り去る。

走り去ったその二人の後姿を見ると一人は帽子をかぶった黒人だった。
あの黒人……覚えている。たしか、ぼくとスキップを捕まえて車で倉庫まで連れて行ったやつだった。

ああ……スキップ。

ぼくたちに銃を突きつけているやつらのうちの一人がアレックスに気付いた。
「あれ?こいつアレックスじゃねぇ?」
彼らがアレックスを銃口で小突く。
「ホントだ。リンクスのナンバー2か。人質はこいつでもいいんじゃねぇの?」
まずい。一体ぼくらはどうなるんだろう。と思ったその時、

後ろから数発の銃声がしてぼくたちに銃を突きつけている少年達がバタバタと倒れた。
「アッシュ!」
コングが嬉しそうな声を出す。

アッシュ?!

ぼくは思わず振り向いた。
白いTシャツにジーンズ。その翡翠の瞳は厳しくすがめられていた。
―― ああ、アッシュ!
階段を駆け上るなり発砲して敵を倒したアッシュは、だけどぼくたちのことは眼中にないようだった。
プラチナブロンドの髪をなびかせながら彼は大声を出した。

「スキッパー!!」

アッシュの視線の先では、店の裏口から引っ張ってこられたスキップと昔のぼくが、まさに車に乗せられている所だった。車のドアが閉められ急発進する。

アッシュが両手で銃を構え、車のリアガラスに向けて狙いを定めた。そして撃つ。相変わらずの早業だった。
弾丸はアッシュの狙った場所に当たったんだろう。車の後ろのリアガラスの左側に銃弾による穴が開いた。だけど車の運転手は無事なようだった。車体は少し傾いたものの、そのまま路地の角を曲がってしまった。

アッシュが後ろから来たショーターを振り返らずに叫んだ。
「ショーター!お前のバイク借りるぜ!」
ぼくは思わず声を出した。
「追いかけちゃだめだ!」
だがアッシュはぼくの声など耳に入ってないようだ。ショーターがアッシュに向かって叫ぶ。
「待て、アッシュ!行くな!罠だぁ!!」
アッシュは誰の声も聞かずにバイクに跨って行ってしまった。

ああ。アッシュ!
ぼくは止められなかった。この先できみはマービンに捕まるのに。

「ポリスだ!逃げろ!!」
誰かが叫んだ。数台のパトカーがサイレンと共にやってくる。リンクス達がバラバラに逃げ始める。アレックス達もこの場から走り去った。

「乗れよ!」
ぼくの真横に一台の自転車がつけられた。自転車?
その自転車には、さきほどぼくをあの広場まで連れて行ってくれた少年が跨っていた。
ついて来てたんだ。てっきりあの時広場に残ったものだと思ったけど。

「早く乗れ!」
少年がぼくに向かって叫ぶ。
ぼくは自転車の後ろに跨った。少年が全速力でペダルを漕ぎ出した。

猛スピードで自転車はどんどんダウンタウンから遠ざかっていた。



ダウンタウンを抜けてしばらくしたところで、少年は自転車を止めた。ぼくを乗せて全速力で自転車を漕いだせいで彼の息は上がっている。ぼくは自転車から降りた。

「ありがとう助かったよ。ぼくは行くところがあるからここで。君も早く逃げたほうがいいよ」
そう礼を言ってぼくは早足で歩き出す。
これからアッシュは埠頭の倉庫に閉じ込められるんだ。あの頃は地理がわからなかったから、どこがどこだかわからなかったけど、今のぼくはNYに住んで数十年も立つ。

「待てよ。どこ行くんだ?」
「埠頭の倉庫街」
少年は息をきらしながら、自転車をカラカラと押してぼくについてきた。
「なんで?」
「アッシュを助けに行くんだ」
「どうして、そこまでするんだ?」
「きみは、どうしてぼくを助けてくれたんだい?」
「俺?……俺はリンクスに入りたかったんだ……」
と少年は話し始めた。

だけれど、あの広場でぼくらがリンクスを助けにいくと言ったときは、怖くて足が動かなかった、と。

でも、ぼくの事が気になって―― あんなに銃の腕前が下手なのに、大丈夫なのかと思ったのだそうだ。余計なお世話だ。―― 少し遅れてピンク・ピッグまで来たらしい。そしたら、丁度ぼくらが銃撃戦をやっているところだったみたいだ。

「おれは、ただ、ケンカが強いストリートキッズがかっこいいと思ってたんだ」

アッシュやアレックスの銃の腕前を見て、ただカッコイイと思っただけなんだ、と。自分も撃ってみたいと思った、と。今日の銃撃戦を見て怖くて足が動かなかった。そんな自分がなさけないと思ったらしい。

でも、それは少年らしい憧れなんだと思う。ぼくもかつては、戦いに強いアッシュに惹かれて、そして憧れた。でも、

「銃はけっしてカッコイイと思うだけじゃ持てないものだと思うよ」

そうだな。と少年は素直に言った。
「おれはこのとおり混血で」
学校ではいやがらせを受けることも多いらしい。彼が何気なく口にした学校名にぼくは驚いた。NYでは有名なパブリックスクールだ。親が資産家なのだろう。そうか。だから彼はストリートキッズには見えなかったのか。
だけどこの時代、その名門校の生徒のほとんどが白人だったのではないだろうか。だから嫌がらせを受けることが多いのだろう。

学友達を見返してやりたいと少年は思ったそうだ。強くなりたい、と。

「でも、実際に銃を使って戦っているストリートキッズたちを見ると、怖くてなにもできなかった……」
「仕方ないさ。それが普通だよ」
ぼくは歩きながら少年をなぐさめる。そう。それが普通なんだ。ぼくだってアッシュを助けるためでなければ……。

ぼくに話をして少しすっきりとしたのか、うつむいていた少年が顔を上げて明るい口調でぼくに言った。
「お前、かっこいいな。リンクスを助けるために銃撃戦だなんて」
ああ。おれも拳銃持ってたらなぁ。でも、持ってても怖くてやっぱりダメか。とその少年は笑った。

「じゃぁ、ぼくはこの辺で」
そろそろ少年と別れたほうがいいだろう。ちゃんとした両親がいるのなら家に戻ったほうがいい。
「おい。待てよ。乗せて行ってやるよ」
話しているうちに少年の息はすっかり整ったらしい。若いってすばらしい。
「タクシー拾うからいいよ」
ぼくはポケットに手を入れた。この時代に使えるお金をいくらか持ってきていたのだ。
「お前のそのカッコじゃ、どのタクシーも乗せてくんねーよ」

ぼくの格好?ぼくは自分の格好を改めて見てみた。

ダウンタウンで車のタイヤに跳ねられた泥水で白いTシャツがところどころ汚れている。
頭から被ったからきっと髪にも乾いた泥がついているのかもしれない。
しかも先程の銃撃戦で道路に伏せたり転がったりしたものだから、ひどい有様だ。
どうりで先程からいやな顔をしてすれ違う人が多いと思った。

「ほら」
自転車に跨って少年がぼくを促した。
「ありがとう」
ぼくはありがたく後ろに跨らせてもらった。少年は自転車を漕ぎ出す。
「言っとくけど、送るだけだからな!おれは銃なんか持ってないんだからな!」
漕ぎながら少年がぼくに向かって叫ぶ。
「わかってるよ!ありがとう!」
ぼくも少年に向かって叫び返した。

でも、彼はこの自転車をどこから手に入れたのだろう。ぼくは深くは考えないことにした。





そしてぼくはその少年と交代しながら自転車を漕いで埠頭の倉庫街に着いた。
ぼくたちはやっぱり息を切らしている。ぼく……もうそんなに若くないんだけれど……。

「で、どの倉庫にリンクスのボスが捕まってんの?」
「知らない。片っ端から探していく」
ぼくは歩き出す。
「知らないってお前」
「きみはもう家に帰って。本当にありがとう」

その時、重い扉の開く音が遠くに聞こえた。
ぼくと少年ははっとした。ぼくたちは近くの倉庫の陰に身を潜める。そして音がしたほうを伺った。

あそこか!

それはかなり遠くの倉庫だった。
ひとつの倉庫の扉が開いていた。その扉の前には数台の車が止められており、大人の男が数名立っていた。
倉庫の中から誰かが大声怒鳴っている声が聞こえる。この声は……この声はアッシュの声だ。

ぼくは全速力でそこへ走る。少年の制止する声が背後から聞こえた。
だけどぼくはアッシュのことしか目に入らない。両手を縄で縛られたアッシュが、マフィアの手下に引きずり出されているところだった。
「アッシュ!」

するとどこからともなく、ストリートキッズたちが現れて男達に襲い掛かった。ショーターとアレックス率いるリンクス達だ。
銃撃戦が始まり、ぼくの方向にも銃弾が飛んできた。ぼくはまた一番近い倉庫の角に身を隠す。だけどぼくは銃を取り出し、すぐに身を乗り出してアッシュを探した。
しばらくすると遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
早く到着してくれ!
倉庫の前では、スキップが誰かに羽交い絞めにされていた。道路に転んだアッシュにマービンが銃砲を向けていた。アッシュの手首はまだ縛られたままだ。
アッシュ!
ぼくは堪らず走り出した。
マービンがアッシュを目掛けて引き金を引く。その銃声だけがやけに大きくぼくの耳に響た。

ズキュウゥゥン!

「アーッシュ!!」

叫んだのはスキップだった。

アッシュを庇って銃口の前に立ちはだかったスキップが銃弾に倒れた。
「スキップ!」
アッシュがスキップを呼ぶ声がする。
同時にアッシュが立ち上がり、縛られたままの手を、スキップに向けて伸ばす。彼はスキップの名前を何度も呼んだ。だが胸に大きな赤い血の染みが広がったスキップは目を開かなかった。
「マービン!キサマ・・・」
アッシュに睨まれたマービンがそのきつい瞳にひるんで後ずさる。あたふたと用意された車に乗って逃げだした。それをアッシュが追いかけようと、他の車の傍にいたマフィアに体当たりして、その車に飛び乗る。
「アッシュ!行っちゃだめだ!」
ようやくその倉庫までたどりついたぼくは、走り出したアッシュの車に向かって叫んだ。この先で、きみはマービン殺しの濡れ衣を着せられるんだ!
アッシュを止めなきゃ!
ぼくは懐から拳銃を抜いてアッシュのタイヤを目掛けて構える。
引き金を引いた。

当たった!

とぼくは思った。
アッシュの乗る車の車体が傾き、斜めにスリップしたようにみえた。
当たったと思ったのだけれど、かすっただけだったのだろうか。
アッシュはすぐに車体を建て直し、そのまま車を走らせている。

「お前!」
「ボスを撃つなんてなにしやがる!!」
「あいつをつかまえろ!」

ぼくはあっと言う間にリンクスたちに捕まえられた。左腕を背中で捻り上げられたまま地面に倒された。
「お前!オーサーの仲間だったのか!」
「離せ!」
アッシュをとめなきゃ。今からマービンが殺されてアッシュは罠にはめられるんだ!
「離してくれ!!」
地面にうつむけで背中から拘束されながら、ぼくは力いっぱい抵抗する。

「待ってくれ待ってくれ!そいつは銃の腕がヘタクソなだけなんだ!マービンの車を撃ったつもりなんだよ!」

あの混血の少年がぼくを庇う声がする。あのまま逃げなかったんだ……。

その時、ぼくの目から火花が散った。
どうやらぼくは誰かの銃の持ち手の部分で頭をガツンと殴られたみたいだ。
頭が割れるように痛い、だけどぼくはかすむ目を思い切りこらして前を見た。

アッシュの車はどこだ。彼をとめなきゃならないんだ。ガンガンと頭が痛むせいか視線が定まらない。ぼくは見えないアッシュに向けて右腕をのばす。その右腕に巻いている時計から秒針の音が聞こえてきた。

カチ、カチ、カチ、カチ……。

「離せーーーーー!!」







気付けばぼくは、一人で路上に這いつくばっていた。どうやらここは埠頭の倉庫街ではなく、ぼくが時間旅行を始める前にいたダウンタウンの外れの路上だった。道を行く通行人がぼくのその姿に眉をひそめ見てみないふりをして通り過ぎていく。頭痛のせいでぼくは頭が上がらなかった。

するとポケットに入れっぱなしだった携帯電話が鳴り始めた。痛む頭をなんとか持ち上げ、身を起こし、フラフラと歩きながらぼくは電話に出る。

『英ちゃん?伊部です』
「伊部さん……」
伊部さんは今日、NYに仕事で到着したそうだ。晩御飯でもどうかと誘ってくれた。
だけどぼくは頭痛がひどくて、しかもひどく疲れていたので、その誘いを断ってしまった。
『そうか。体調が悪いんじゃぁ仕方ないね。仕事が忙しくなってきたからってあんまり無理しないでね』
「ごめんなさい。あの……伊部さん」

ぼくは聞かずにはいられなかった。

”彼”はどうなったのかと。

あのときぼくは”彼”が乗る車のタイヤを撃ち抜いたはずだ。

車はそのまま走り去ってしまったけれど、あの後からパンクでもして”彼”はマービンの部屋まで辿りつけなかったということになってはいないだろうか。

そうだとしたら”彼”はあの時マービン殺しの濡れ衣を着せられて刑務所に行かなかったのではないだろうか。

「あの……ぼくが初めてNYに来たときの事なんですけど……」




―― ぼくは、それから過去から戻る度に、”彼”が助かりはしていないかと、誰かに聞かずにはいられなかった。




続く

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