「気づいたか?」
ここは――
ぼくの借りているアパートだった。
見慣れた家具、見慣れた天井。見慣れたシンの心配顔。
ぼくは勢いよく身を起こす。
「っつ」
ぼくはこめかみの痛みに、思わず手を寄せた。包帯の感触がする。
「急に起きるな。お前、頭打ってるみたいだぞ」
ベッドに起き上がったぼくをシンが支える。
ぼくは頭から腕を離してシンを見上げた。
「……どうなったんだ?」
「何が」
「だから、ア」
アッシュはどうなったのか、と声に出しそうになって、言葉を切った。
目の前には、ぼくの様子がおかしい時にシンが浮かべる真面目な表情。
夢?……だったんだ……
「ぼく、どうして」
「驚いたぜ。電話からお前の声がしなくなって」
シンが言うには、ぼくはあの時、シンと電話をしながらタイムズスクエアで倒れたらしい。
ぼくは仕事に行く前に銀行からお金を下ろしたばかりで、それをシンも知っていたので強盗にでもあったのかと、慌ててぼくを探してくれて、病院まで連れて行ってくれたそうだ。
「過労だそうだ」
「心配かけてごめん」
「慣れてるさ」
シンは唇の片方を上げて笑って見せた。
水でも持ってきてやろうと、彼が立ち上がる。
少し言いづらそうに、お前が銀行から下ろした金は盗られてたみたいだぞ、と言った。
そうか、まああんなところで倒れたらそうだなぁ。と思う。今ではそこそこ治安のよくなったタイムズスクエアだけど、ぼくが来たころは危ない地域のうちの一つだった。命があっただけでもよしとすべきだろう。
ぼくは鈍く痛む頭に手を添えながらソファーに座る。テレビのスイッチを入れた。
「っ痛……」
ツキリとこめかみがうずいた。ぼくは思わず手をそこにやる。
夢の中で殴られたこめかみが痛い。倒れたときに打ったのだろうか。夢だったのか……そりゃそうだよな。リアルな夢だった。
ぼくはリモコンをもったまま、ぼぅっとテレビを眺めていた。
しばらくして、シンがグラスに入った水を持ってやってきた。ぼくの目の前のテーブルにそれを置いて隣に座った。
彼の長い腕がソファーの背に沿って伸ばされる。結果、ぼくの首の後ろに回されたシンの腕。ぼくはそこに頭を少し預けた。シンは自然とぼくの肩に手を置く。
いつもの二人の慣れた習慣。
「何みてんだ?」
「さあ?」
「さあってお前……」
ぼくは手にリモコンを持ったままだったことに気づき、テーブルにそれを置いて、代わりにコップを手にした。
ぼくはテレビを付けたものの、先ほど見た夢を思い出していたのだ。やたらリアルな夢。疲れる夢。思い出すと頭痛を感じる。
後ちょっとで“彼”に会えたのに。
テレビでは、何かの特番が流れていた。どうやら世界の不思議現象をテーマにした番組のようだった。信憑性はかなり怪しいものだが、好きそうな人には大好きそうな、派手な効果音と胡散臭いイメージ画像で幾つかの超常現象が紹介されている。
隣に座っているシンは自分のためだけに取ってきたビールを飲んでいる。
ぼくは、意外にシンがこの手の番組が好きだと知っている。聞けば、こんなの信じない、と答えると思うし、実際そんなに信じてはいないと思うが、テレビでやっていると決してチャンネルを変えたりはしない。今も結構真剣に見ているようだ。
ぼくは横目でチラリとシンを見て、かわいいなぁ、と思う。いつのまにかぼくより大きくなって頭もよくて、NY華僑のトップだけど、ぼくより5つも年下だし。こう言ういかにもな番組が好きなところがかわいいと思う。宇宙人かぁ。いたらいいよね。
シンがぼくの視線に気付いてバツの悪そうな顔をした。
「チャンネル変えるか?」
「ううん。そのままでいいさ。ぼくも観たいよ」
「……変える」
「いいって」
ぼくはどんな顔をしてシンを見ていたのだろうか。決してバカにしてはいないのに。ただかわいいなぁって思っていたから、顔はほころんでいたかもしれないけど。
そう言えばシンはぼくに年下に見られるのを嫌がるのだった。そんなところが年下っぽいと思う。
少し拗ねたような顔をしてシンはリモコンに手を出した。
その手にぼくは手を重ねてチャンネルを変えさせないようにする。シンのもう片方の手がぼくのその手首を掴んで離した。
「だからいいって」
「いや変える」
ぼくたちはチャンネル権を争うことになった。笑いながらリモコンを取り合う。
シンが座ったまま、手に取ったリモコンを高く上げだ。
「ずるいぞ。ぼくの手が届かないと思っているんだろ」
ぼくは立ち上がってリモコンに手を伸ばした。
「おっと。使えるものは使う主義なんだよ。それが自分の体格ならなおさらな」
シンも立ち上がる。手は頭上に上げられたままだ。
これで絶対ぼくの手に届かなくなった。
「出会った頃はぼくよりすごく小さかったのに」
ぼくは悔しくて唇を噛んだ。
シンは意地の悪い笑みを浮かべながら高い位置からリモコンをテレビに向けた。
テレビでは不思議現象の再現動画の後、実際にそれを体験した人のインタビューに変わっていた。
「おれはがんばったんだぜ」
じゃぁぼくはがんばらなかったとでも思うのか。というか、身長にがんばるとかがんばらないとか……。
まぁ別にこんな番組、ぼくは観てもみなくてもどちらでもいいからいいか、とソファーに座ろうとしたその時。視界に入ったテレビ画面にぼくはくぎ付けになった。
「待って!シン!」
リモコンでチャンネルを変えようとするシンの腕にしがみつきぼくは大きな声を出した。
「え?」
「チャンネルを変えないでくれ!」
シンは驚いてぼくを見下ろした。
ぼくの視線の先では相変わらず、超常現象番組が流れていた。
ある男性がインタビューを受けている。
そのインタビューは……。
『それでは、あなたはこのお金を十数年前に手に入れたと言うんですね』
『ああ。おれはその時タクシードライバーをやっていて、変な客がやって来たんだ。そいつは市立図書館で降りて、いきなりこの金を押し付けやがった。その当時、おれはアメリカに来たばっかりで英語も碌に喋れなかった。だから、偽札をつかまされた、騙されたと思った。バカにするなと追いかけて一発お見舞いしてやったのさ』
インタビューアがその男にさらに尋ねた。
『だけど十数年前の客から渡されたそのお金が、最近新しくなった新紙幣だった』
『そうさ。おれはこの金を……』
その男は喋り続けていた。だけどぼくの耳にはもう何も届かなかった。
「英二?どうした英二?」
シンがぼくを見下ろして心配そうな声をだす。ぼくは彼の腕にしがみついたまま、微動だにせずにテレビの中の男を見つめていた。
中肉中背、黒髪、黒い瞳のメキシコ系。ぼくはこの瞳に真正面から睨まれ、怒鳴られた。肩を掴まれ羽交い絞めにされ、こめかみを……。
「英二?また目眩でもするのか?」
―― ぼくはこの人のタクシーに乗ったことがある。
続く
ここは――
ぼくの借りているアパートだった。
見慣れた家具、見慣れた天井。見慣れたシンの心配顔。
ぼくは勢いよく身を起こす。
「っつ」
ぼくはこめかみの痛みに、思わず手を寄せた。包帯の感触がする。
「急に起きるな。お前、頭打ってるみたいだぞ」
ベッドに起き上がったぼくをシンが支える。
ぼくは頭から腕を離してシンを見上げた。
「……どうなったんだ?」
「何が」
「だから、ア」
アッシュはどうなったのか、と声に出しそうになって、言葉を切った。
目の前には、ぼくの様子がおかしい時にシンが浮かべる真面目な表情。
夢?……だったんだ……
「ぼく、どうして」
「驚いたぜ。電話からお前の声がしなくなって」
シンが言うには、ぼくはあの時、シンと電話をしながらタイムズスクエアで倒れたらしい。
ぼくは仕事に行く前に銀行からお金を下ろしたばかりで、それをシンも知っていたので強盗にでもあったのかと、慌ててぼくを探してくれて、病院まで連れて行ってくれたそうだ。
「過労だそうだ」
「心配かけてごめん」
「慣れてるさ」
シンは唇の片方を上げて笑って見せた。
水でも持ってきてやろうと、彼が立ち上がる。
少し言いづらそうに、お前が銀行から下ろした金は盗られてたみたいだぞ、と言った。
そうか、まああんなところで倒れたらそうだなぁ。と思う。今ではそこそこ治安のよくなったタイムズスクエアだけど、ぼくが来たころは危ない地域のうちの一つだった。命があっただけでもよしとすべきだろう。
ぼくは鈍く痛む頭に手を添えながらソファーに座る。テレビのスイッチを入れた。
「っ痛……」
ツキリとこめかみがうずいた。ぼくは思わず手をそこにやる。
夢の中で殴られたこめかみが痛い。倒れたときに打ったのだろうか。夢だったのか……そりゃそうだよな。リアルな夢だった。
ぼくはリモコンをもったまま、ぼぅっとテレビを眺めていた。
しばらくして、シンがグラスに入った水を持ってやってきた。ぼくの目の前のテーブルにそれを置いて隣に座った。
彼の長い腕がソファーの背に沿って伸ばされる。結果、ぼくの首の後ろに回されたシンの腕。ぼくはそこに頭を少し預けた。シンは自然とぼくの肩に手を置く。
いつもの二人の慣れた習慣。
「何みてんだ?」
「さあ?」
「さあってお前……」
ぼくは手にリモコンを持ったままだったことに気づき、テーブルにそれを置いて、代わりにコップを手にした。
ぼくはテレビを付けたものの、先ほど見た夢を思い出していたのだ。やたらリアルな夢。疲れる夢。思い出すと頭痛を感じる。
後ちょっとで“彼”に会えたのに。
テレビでは、何かの特番が流れていた。どうやら世界の不思議現象をテーマにした番組のようだった。信憑性はかなり怪しいものだが、好きそうな人には大好きそうな、派手な効果音と胡散臭いイメージ画像で幾つかの超常現象が紹介されている。
隣に座っているシンは自分のためだけに取ってきたビールを飲んでいる。
ぼくは、意外にシンがこの手の番組が好きだと知っている。聞けば、こんなの信じない、と答えると思うし、実際そんなに信じてはいないと思うが、テレビでやっていると決してチャンネルを変えたりはしない。今も結構真剣に見ているようだ。
ぼくは横目でチラリとシンを見て、かわいいなぁ、と思う。いつのまにかぼくより大きくなって頭もよくて、NY華僑のトップだけど、ぼくより5つも年下だし。こう言ういかにもな番組が好きなところがかわいいと思う。宇宙人かぁ。いたらいいよね。
シンがぼくの視線に気付いてバツの悪そうな顔をした。
「チャンネル変えるか?」
「ううん。そのままでいいさ。ぼくも観たいよ」
「……変える」
「いいって」
ぼくはどんな顔をしてシンを見ていたのだろうか。決してバカにしてはいないのに。ただかわいいなぁって思っていたから、顔はほころんでいたかもしれないけど。
そう言えばシンはぼくに年下に見られるのを嫌がるのだった。そんなところが年下っぽいと思う。
少し拗ねたような顔をしてシンはリモコンに手を出した。
その手にぼくは手を重ねてチャンネルを変えさせないようにする。シンのもう片方の手がぼくのその手首を掴んで離した。
「だからいいって」
「いや変える」
ぼくたちはチャンネル権を争うことになった。笑いながらリモコンを取り合う。
シンが座ったまま、手に取ったリモコンを高く上げだ。
「ずるいぞ。ぼくの手が届かないと思っているんだろ」
ぼくは立ち上がってリモコンに手を伸ばした。
「おっと。使えるものは使う主義なんだよ。それが自分の体格ならなおさらな」
シンも立ち上がる。手は頭上に上げられたままだ。
これで絶対ぼくの手に届かなくなった。
「出会った頃はぼくよりすごく小さかったのに」
ぼくは悔しくて唇を噛んだ。
シンは意地の悪い笑みを浮かべながら高い位置からリモコンをテレビに向けた。
テレビでは不思議現象の再現動画の後、実際にそれを体験した人のインタビューに変わっていた。
「おれはがんばったんだぜ」
じゃぁぼくはがんばらなかったとでも思うのか。というか、身長にがんばるとかがんばらないとか……。
まぁ別にこんな番組、ぼくは観てもみなくてもどちらでもいいからいいか、とソファーに座ろうとしたその時。視界に入ったテレビ画面にぼくはくぎ付けになった。
「待って!シン!」
リモコンでチャンネルを変えようとするシンの腕にしがみつきぼくは大きな声を出した。
「え?」
「チャンネルを変えないでくれ!」
シンは驚いてぼくを見下ろした。
ぼくの視線の先では相変わらず、超常現象番組が流れていた。
ある男性がインタビューを受けている。
そのインタビューは……。
『それでは、あなたはこのお金を十数年前に手に入れたと言うんですね』
『ああ。おれはその時タクシードライバーをやっていて、変な客がやって来たんだ。そいつは市立図書館で降りて、いきなりこの金を押し付けやがった。その当時、おれはアメリカに来たばっかりで英語も碌に喋れなかった。だから、偽札をつかまされた、騙されたと思った。バカにするなと追いかけて一発お見舞いしてやったのさ』
インタビューアがその男にさらに尋ねた。
『だけど十数年前の客から渡されたそのお金が、最近新しくなった新紙幣だった』
『そうさ。おれはこの金を……』
その男は喋り続けていた。だけどぼくの耳にはもう何も届かなかった。
「英二?どうした英二?」
シンがぼくを見下ろして心配そうな声をだす。ぼくは彼の腕にしがみついたまま、微動だにせずにテレビの中の男を見つめていた。
中肉中背、黒髪、黒い瞳のメキシコ系。ぼくはこの瞳に真正面から睨まれ、怒鳴られた。肩を掴まれ羽交い絞めにされ、こめかみを……。
「英二?また目眩でもするのか?」
―― ぼくはこの人のタクシーに乗ったことがある。
続く
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