「よぉ英二!元気だったか?」
「マックス!」
ダイナーズの店の隅のテーブルにマックスは座っていた。待ち合わせに少し遅れてしまったぼくはマックスが待つテーブルへと歩いていく。
初夏のきつい日差しの中から店に入ると屋内はクーラーが冷んやりと効いていて心地よかった。
「元気だよ。マックスも元気そうだね。ジェシカはどうだい?」
「あいつは殺したって死なねぇさ。それよりお前、仕事の調子がいいようじゃないか」
「まだまだだよ」
オーダーを取りに来た店員にぼくはコーヒーを頼む。
マックスと会うのは何ヶ月ぶりだろうか。今、彼らはNYに住んでいた。ぼくがNYに残ってからほぼすぐに、彼らはよりを戻したのだ。つまりは離婚しなかった。そして、マックスの仕事の関係もあって家族でこちらに引っ越してきた。面倒見のいいこの夫婦に、一人暮らしを始めたばかりで金もなければ知り合いもいないぼくはかなりお世話になっていた。しかもぼくはカメラを持ってNY中をフラフラ歩き回っていて、普段から心配をかけどうしだった。まぁ、仕事をもつジェシカの代わりに彼らの息子のマイケルの面倒を見たことも一度や二度ではなかったけど。感謝祭やクリスマス、そして復活祭等、家族が集まる時期には必ずぼくを呼んでくれた。だけどここ数年はぼくの仕事も忙しくなり、なかなか彼らの家にお邪魔する時間も少なくなっていた。
「ジェシカは心配してお前を呼んでこいと俺に言うが、おれはお前がいつまでもおれのところにばかりに来るのもそれはそれで心配だった。だから、今は今でいいと思ってる。だが俺たちはお前の友人だ。いつでも用事がなくてもまた遊びに来てくれ」
「うん……ごめん。ありがとう」
マックスはほんとうにいい人だと思う。彼からすればぼくは本当になんでもない赤の他人のはずなのに。
ぼくはシンと一緒に暮らすことにしたことをマックスに報告するかどうか迷った。マックスはシンのことを面白く思っていないのだ。
なぜなら昔、マックスのベトナム戦争時代の戦友の弟がシンの兄に――
「英二?」
ぼくが言いよどんだのを訝しく思ったマックスに先を促された。
ぼくはマックスの目を真っ直ぐにみて話す。
「シンと一緒に暮らすことにしたんだ」
マックスは少し眉を上げた。そして目の前のコーヒーを少し飲んで、カップを置いてからこう言った。
「おれは男同士のことはよくわからん。だがあれからシンはずいぶんとお前に心を砕いて来たようだ。お前が落ち着いた原因の一つがあいつであればそれもいいかもしれん」
マックスがぼくの目をまっすぐに見返した。
「お前が落ち着いて本当によかった」
「……ありがとう」
「いいってことさ。それより今日お前を呼んだのは渡したいものがあってな」
そういってマックスは何も言わずに紙袋をテーブルに置いた。
「これは?」
「開けてみろ」
紙袋を引き寄せ、ガサリと袋の中を覗いて見たぼくはそのまま固まってしまった。
「―― これは……」
驚いたぼくはマックスを見た。視線の先には真剣なマックスの瞳。
「あいつのだ」
言葉の出ないぼくに、マックスが繰り返す。
「あいつの銃だ」
―― この銃がこの時ぼくの手元に戻って来たのも何か意味があったのだろうか。
✳︎
「スミス&ウェッソンか……」
ぼくはベッドに背を持たれさせながら、その文字を声に出して読んだ。
今ぼくは“彼”の銃を持っている。
この銃だけが最後まで“彼”といたんだ。
“彼”の遺体はマックスが身元を確認して、その時、遺品を預かったらしかった。
『お前が落ち着いたら渡そうと思ってた。あいつは銃とともに生き抜いてきた。人生の最初の最初からな』
“彼”の人生とは切っても切れないこの銃は、あいつの一部なんだろうと思う。とマックスが言った。
『この銃も俺よりお前に持っていて欲しいだろう』
あいつが一番気にかけていたお前にな。
そう言ってマックスがぼくにこれを渡した。
“彼”の銃を手にするのは二度目だろうか。
一度目は初めて彼に会った時だった。あの時は興味本位で銃を持たせてくれなんて彼に言ったぼくだけど。彼と一緒に行動することになって、銃とはかっこいいだけのものではなくて、本当に人が生き抜くために使っているものなんだと改めて知った。とても面白半分では持てるものではなかったのだ、と自分を恥ずかしく思ったこともあった。
“彼”はいつも玄関脇の高い棚にこの銃を置いていた。彼より身長の低いぼくの手が届かないような所に。彼はこの銃をぼくに触られたくなかったんだろう。それを察したたぼくは気づかぬふりをしてたけれど……。
「あの頃一日中あの部屋にいたんだぜ?普通気づくだろ」
ぼくは思わずひとりごちた。
ぼくがずっと気づかないとでも思っていたのだろうか。だとしたら“彼”も意外に間の抜けたところがあったのか、とぼくは一人でくすりと笑う。それともぼくがよっぽど抜けてるヤツだと思われてたのだろうか……。え?そうなんだろうか。
ぼくはベッドに寝転がり、仰向けになりながら手の中でその銃のシリンダーをカラカラと回して見せる。弾は銃創に一つを残して全て入っているようだった。
素人のぼくにでもわかる。この銃は使いづらそうだ。
リボルバーでしかも短身。
連続で撃ちづらいだろうし、銃身が短い分命中率も下がるだろう。
ぼくは天井のシミをめがけて拳銃を構えた。狙いをつける。もちろん撃つ気はない。
彼は何を思ってこの銃を使っていたのだろうか。
「ぶっそうだな」
誰かの声が聞こえて、ぼくは慌てて肘をついて身を起こした。そこにはスーツ姿のシンがいた。ぼくは思わずシンに問う。
「上海は」
「行かずにすんだ」
しまった。
ぼくはしくじったことに気付いた。今日シンからもらった時計はリビングのテーブルの上に置きっ放しだった。なのにぼくは“彼”の銃を手に持っている。シンはこの寝室に来る前にあの時計を見ただろうか。
「俺が以前渡した銃はあるのか?あっちのほうが使いやすいだろ」
シンがネクタイを緩めながらこちらへと歩いてきた。
以前、シンの組織のごたごたでぼくの身も危なくなるかもしれない事態になったことがある。護身用に持っておけ、と拳銃を渡された。素人でも扱いやすそうなオートマチック銃。
「あるよ」
シンはゆっくりとベッドに近づき、そこに腰掛け、ぼくの右手に彼の大きな手を伸ばした。ぼくのその手にはまだ“彼”の拳銃が握られていた。
「この銃はお前が使うのは無理だ」
シンがゆっくりとぼくの手から、“彼”の銃を剥がした。
「うん。そうだね」
ぼくたちは、ぼくがこの銃を使うわけがないことを知りながら、確信には触れずに話を続ける。
「お前ときたら、女でも使えるオートマチックですら土壇場で安全装置を外し忘れちまって、撃てなさそうだ」
「ひどいな」
「ホントの事だろ?」
以前、シンに銃をもらったその時に、射撃場に連れて行かれたことがある。ぼくの腕前を知りたかったそうだ。だけど数年ぶりに銃を持ったぼくは、その時ちょっと緊張していて、安全装置を外さず引き金を引こうとしてしまったのだ。シンは苦虫を潰したような顔になった。シンに言われて慌てて安全装置をはずして、そして人型の黒い的をめがけて数発銃を撃った後は、シンに頭を抱えさせてしまった。
的を全て外したのだ。
シンが運転する帰りの車の中で、二人とも終始無言だった。
車を降りる時にシンが、ぼくに護衛をつけると言った。もらった銃はどうすればいいかと尋ねると。『お守りにでもしておけ』と一言だけ言ったんだっけな。
銃を渡されたり護衛をつけられたりしたわりには何事もなく日々が過ぎたけど。
「きみにもらった銃は、言われたとおり、お守りとして大事にしているよ」
「それでいいさ」
お前にそれ以外の使い道なんてないだろう。とぼくをからかいながら、シンが大きな背を曲げてぼくに覆いかぶさってキスをする。
シンはこの銃が誰のものかわかっているんだろうか。もちろんわかっているんだろう。今日ぼくが誰に会ったとか、そしてだいたいどんなことを話したとか、彼はなんとなく知っているようだった。もちろん面と向かってお前にいつも監視を付けているなんて言われたことないけど。監視ってほどのものではないのかもしれないけど、華僑のネットワークはどうなっているんだろう。
でも、ぼくは監視をつけられても文句がいえないほど不安定な時があったんだ。NYを彷徨うように一人で写真を撮っていたぼくを見つけては、シンは何も言わずにそんなぼくに付き合ってくれた。
彼の手に渡った銃がサイドボードに置かれた。その音がコトリと響く。ぼくはそれまで銃を持っていた手をシンの首裏に回す。
ごめん。君からもらった時計が嬉しくなかったわけじゃないんだ。君を傷つけるなんて、そんなつもりじゃなかったんだ。
そんな思いを伝えるように、彼のキスに応えた。
✳︎
そして、今ぼくは時計を手にして寝転がっている。
あれからまたすぐにシンの携帯電話が鳴った。ぼくたちはまさに抱き合ってコトをすすめている最中だった。シンはしばらく呼び出し音を無視していたけど、とうとう中国語で短く悪態をついて電話にでた。そしてやはり中国語でなにやら話しているのでさっぱり内容がわからなかった。電源を切ったシンはとても申し訳なさげだった。
『悪りぃ。行かなきゃなんねぇ……』
『慣れてるよ』
だから気にせず行って来て、との意味を込めて他意なく答えたぼくにシンは眉を寄せて見せた。
『……お前。それ聞きようによっちゃぁすっげぇ嫌味に聞こえるぜ』
『え?だって』
本当に慣れてる…し、お互いもちろん仕事は大切だ。
『わかってるさ。明日の予定は?』
シンはため息をつきながら話題を変えた。
『銀行に行って、仕事に行ってかな』
『そうか。また連絡する』
そうして、ぼくの頬に軽くキスをした。
『プレゼント気に入ってくれたか?』
『もちろん。すぐに使わせてもらうよ』
シンはくしゃりと笑って去っていったのだ。
ベッドの上でシンを見送った後、ぼくはその場で起き上がってため息をついた。そしてサイドボードを見る。そこにはぼくたちの―― ぼくとシンの写真が飾られていた。昨年のぼくの誕生日にシンが写真を撮ろうといってシンが撮ったものだ。あの長い腕で思い切りコンパクトカメラを持つ手を伸ばし、自分達に向けてパシャリと撮った。ノーファインダーなのに上手く撮るな。とフィルムを現像した後ぼくは関心したものだ。それを思い出してぼくは思わず微笑む。そしてその写真立ての前に置かれままの”彼”の銃を手に取り、サイドボードの引き出しを開ける。そこにはすでにシンから貰った銃が入っていた。その奥にぼくはそっと“彼”の銃を入れた。そしてリビングに行ってシンからのプレゼントを手に取ってまたベッドに戻ってきたのだ。
「オールドSEIKOか」
中古だけど高いんだろうなぁ。とぼくはひとりつぶやく。中古といったら失礼か。アンティーク?でもそれほど古いタイプではないよな。その時計は、シルバーのバンドとシルバーの本体に、文字盤は黒味がかったネイビーブルーだった。かっこいい。しかも新品同然のきれいさだった。新古品?こういう世界はよくわからない。以前、編集の人で時計マニアがいて、仕事の打ち合わせをそっちのけで、彼の時計コレクションやらなんやらを語ってもらったことがある。ぼくは時計など動いていればなんでもいいタイプで、多分シンもそうなんだと思ってたけど……。いや。ぼくが使ってみたいって言ったんだっけ?記憶にないけど。
時計を腕にはめてみた。
あれ?この時計動いてないな。
時計をもう一度腕から外し、その裏側を見てみる。
電池がないのか切れてるのか。明日時計屋に行って見てもらうとするか。
時計の中には日付表示もあった。
文字盤の中央より右側に小さく表示されているカレンダーの日付はでたらめだった。
左側の西暦表示が随分と狂っていた。1987年?西暦が入ってる時計なんて珍しい。
新古品に見えるこの時計だが、実は以前に持ち主がいて、その人から手放された時に止まったまんまなのだろうか?
ぼくは取り敢えず時計の側面にいくつかあるダイヤルを回してみた。長針が少し回る。今何時なんだろう・・・。枕元にあるデジタル式の目覚まし時計を見てみる。0時12分?この目覚まし時計も時間が正確じゃないんだけどまぁいいか、とぼくは時間を合わせた。
また別のダイヤルを回して見る。今度は日付が代わった。どんどん日を遡っていく。今度は月が変わった。試してみたがダイヤルを逆には回せないようだ。一日ずつ戻っていくしかないこの仕組みに、なかなか面倒くさいものだな、とぼくはうんざりする。数ヶ月分もどったとき、ふと、ある日付でぼくの手が止まった。
1987年のこの日、ぼくは一度日本へ帰るために飛行機に乗ったんだ。
伊部さんに車椅子を押してもらって。そして、
そして、“彼”が図書館で―― 。
ぼくはサイドボードの引き出しを見つめた。先ほどあの中にいれた“彼”の銃を見つめるかのように。
胸が締め付けられるように痛む。
ぼくは時計を持った手を、痛む胸に押し当てた。
この日にきみが―― 。
時計を持つ手をぎゅっと握り、“あの日”から幾度となく考えたことをまた考える。
あの日に戻れるなら、ぼくは……。
だが戻れない。ぼくはわかっていた。どんなに願っても、求めても、探しても現実は変わらなかったんだ。
『お前が落ち着いて本当によかった』
これまで心配をかけた人達の顔が頭をよぎる。
ぼくは落ち着いたんだ。
現実を見れるようになったんだ。“彼”を忘れたわけじゃないけれど。
そうしてぼくはサイドボードから視線を外し、きつく目を閉じた。
※
そのままぼくは眠ってしまったんだと思う。
だけどここはあの中華街の店だった。いや?なにか雰囲気が違う。そうか店内の商品が時計ばかりなんだ、とぼくは気づく。
と思うとあちらこちらに掛けられた時計が鳴りはじめた。ボーンボーンとなるものや、ジリリリリと甲高く鳴り響く音、ピピッピピッという電子音もあった。そしてやっぱり暗い店内の奥のカウンターには店主らしい人が棚の整理をしていた。だが今は帽子を被っていなかった。しかもTシャツにジーンズだ。
店主がゆっくりとこちらを向いた。
「おやおや。ようこそいらっしゃーい」
明るい声の店主がにこやかにぼくに挨拶をしてきた。この声は・・・ぼくがよく知っている人物の声によく似ていた。決して忘れることのできない。顔、声。
「ショーター……?」
ぼくの声は少しかすれた。これは夢なんだろう。懐かしい声、ぼくは店主を改めて眺める。白いTシャツにサングラス。そしてスキンヘッド。
「ショーター?だれだそれは?お前にはそう見えるだけだ。俺様は聞いて驚け、時間の妖精でーす」
やっぱり夢か。
「こらこら。夢じゃねーって」
そのショーター……彼曰く時間の妖精に向かって、ぼくはハハハと笑って見せた。
「えーと。じゃぁぼくはこれで」
早目に目覚めたほうがよさそうだ。ぼくはそこでクルリときびすを返そうとした。
「まてまて。お前いい時計を持っているじゃねぇか」
「この時計?」
彼がぼくの右腕を指した。ぼくは夢の中なのにシンからもらった腕時計を巻いていた。そういえばこの時計を弄ってるうちに眠ってしまったんだっけ。
「お前その時計の使い方を知っているのか?」
「使い方?電池がないのか動かないんだ」
「電池?そいつは機械式時計だぜ?」
「機械式?」
「そうだ。ネジをある程度巻くと、後はお前が歩いた時の振動や手を降った時の振動を動力として、ネジを巻かなくてもずっと動き続けるのさ」
「へぇ」
なんだかわからないけどすごいんだろうな。
「だがその時計は、そいつ自体が頑固な意思を持っていて、ネジを巻こうが巻こまいが、お前が腕を降ろうが降ろまいが、動くか動かないかはそいつの気まぐれだ」
……つまりは壊れてるってことなんだろうか?
「しかし、喜べ。キミはその時計に選ばれし者!」
自称時間の妖精―― どう見ても悪ふざけているショーターにしか見えない―― はどんどん口調が芝居がかってきた。
「その時計は汝が望むがままの、時の彼方へ連れて行ってくれるであろう」
そろそろぼくは夢も見ずに熟睡したほうがいいのかもしれない。でもあんまり嬉しそうにお芝居をしているショーターにそっくりな人をムゲにすることはできなかった。ぼくはショーターが大好きだったんだ。
ため息をついた後、ぼくは時間の妖精に聞いてみた。
「つまり?」
「つまりってお前」
かわいくねーやつだ、とか、浪漫ってもんを知らないやつはこれだから、とか、彼がひとしきりブツブツと呟いた後、どうしてか気を取り直して、いきおいよくぼくに言い放った。
「つまり、そいつはタイムマシンだ!」
得意げに話す彼をマジマジと見ながらぼくはまた相槌を打つ。
「へぇ……」
全く信じてないぼくを見て、彼はやれやれと肩をすくめてみせる。
「信じてねーんだろ。まぁ仕方ねぇか。だがその時計の針を合わせた“時”にお前は跳ぶことができる」
突拍子もない事を言いはじめた彼にぼくは反論してみた。
「さっき合わせてみたけど何も起こらなかったよ」
「その時間まで“来て”ないんじゃないか?」
時計の針を見ると12時12分だった。もちろん短針も長針も動いていない。そう言えば、この時計を合わせる時に使ったデジタル時計って遅れてたっけ。先程ぼくがベッドの中で動かした時のままで腕時計の針は止っていた。
あれから眠ってしまってこの夢を見ているはずだけど、今は何時だろう?
「じゃぁ明日の0時12分になったらその……」
彼の言葉を信じていないぼくは言葉に詰まった。
「お前は時間を”跳べる”ってことだな」
“跳べる”?
いつへだろうか。一日前?二日前?
そんなぼくの思考を読んだのか彼はぼくの疑問に答えてくれた。
「そのカレンダーを合わせた日にさ」
カレンダー?そうか、この時計は西暦までついていたんだった。
西暦のネジはもらった時のまま触ってなかった。つまりカレンダーの月日はさっき、ネジを回していた時に“あの日”で止めたままだ。
ぼくが“彼”を図書館で永遠に失った日で。
「戻りたい日があるんだろう?」
彼は何かを含めたような声を出した。サングラス越しの彼の瞳は読めなかった。
そしてそのショーターにそっくりな男はぼくにむかって、時計の注意事項をうれしそうに話し始めた。
だけど、不思議な事に夢の中なのにぼくは眠くなってしまって、そこから彼の話を全く聞いていなかった。
―― この時、このショーターみたいな男の話を信じてもっとよく聞くべきだったんだ。ぼくはすぐに後悔することになった。
続く
「マックス!」
ダイナーズの店の隅のテーブルにマックスは座っていた。待ち合わせに少し遅れてしまったぼくはマックスが待つテーブルへと歩いていく。
初夏のきつい日差しの中から店に入ると屋内はクーラーが冷んやりと効いていて心地よかった。
「元気だよ。マックスも元気そうだね。ジェシカはどうだい?」
「あいつは殺したって死なねぇさ。それよりお前、仕事の調子がいいようじゃないか」
「まだまだだよ」
オーダーを取りに来た店員にぼくはコーヒーを頼む。
マックスと会うのは何ヶ月ぶりだろうか。今、彼らはNYに住んでいた。ぼくがNYに残ってからほぼすぐに、彼らはよりを戻したのだ。つまりは離婚しなかった。そして、マックスの仕事の関係もあって家族でこちらに引っ越してきた。面倒見のいいこの夫婦に、一人暮らしを始めたばかりで金もなければ知り合いもいないぼくはかなりお世話になっていた。しかもぼくはカメラを持ってNY中をフラフラ歩き回っていて、普段から心配をかけどうしだった。まぁ、仕事をもつジェシカの代わりに彼らの息子のマイケルの面倒を見たことも一度や二度ではなかったけど。感謝祭やクリスマス、そして復活祭等、家族が集まる時期には必ずぼくを呼んでくれた。だけどここ数年はぼくの仕事も忙しくなり、なかなか彼らの家にお邪魔する時間も少なくなっていた。
「ジェシカは心配してお前を呼んでこいと俺に言うが、おれはお前がいつまでもおれのところにばかりに来るのもそれはそれで心配だった。だから、今は今でいいと思ってる。だが俺たちはお前の友人だ。いつでも用事がなくてもまた遊びに来てくれ」
「うん……ごめん。ありがとう」
マックスはほんとうにいい人だと思う。彼からすればぼくは本当になんでもない赤の他人のはずなのに。
ぼくはシンと一緒に暮らすことにしたことをマックスに報告するかどうか迷った。マックスはシンのことを面白く思っていないのだ。
なぜなら昔、マックスのベトナム戦争時代の戦友の弟がシンの兄に――
「英二?」
ぼくが言いよどんだのを訝しく思ったマックスに先を促された。
ぼくはマックスの目を真っ直ぐにみて話す。
「シンと一緒に暮らすことにしたんだ」
マックスは少し眉を上げた。そして目の前のコーヒーを少し飲んで、カップを置いてからこう言った。
「おれは男同士のことはよくわからん。だがあれからシンはずいぶんとお前に心を砕いて来たようだ。お前が落ち着いた原因の一つがあいつであればそれもいいかもしれん」
マックスがぼくの目をまっすぐに見返した。
「お前が落ち着いて本当によかった」
「……ありがとう」
「いいってことさ。それより今日お前を呼んだのは渡したいものがあってな」
そういってマックスは何も言わずに紙袋をテーブルに置いた。
「これは?」
「開けてみろ」
紙袋を引き寄せ、ガサリと袋の中を覗いて見たぼくはそのまま固まってしまった。
「―― これは……」
驚いたぼくはマックスを見た。視線の先には真剣なマックスの瞳。
「あいつのだ」
言葉の出ないぼくに、マックスが繰り返す。
「あいつの銃だ」
―― この銃がこの時ぼくの手元に戻って来たのも何か意味があったのだろうか。
✳︎
「スミス&ウェッソンか……」
ぼくはベッドに背を持たれさせながら、その文字を声に出して読んだ。
今ぼくは“彼”の銃を持っている。
この銃だけが最後まで“彼”といたんだ。
“彼”の遺体はマックスが身元を確認して、その時、遺品を預かったらしかった。
『お前が落ち着いたら渡そうと思ってた。あいつは銃とともに生き抜いてきた。人生の最初の最初からな』
“彼”の人生とは切っても切れないこの銃は、あいつの一部なんだろうと思う。とマックスが言った。
『この銃も俺よりお前に持っていて欲しいだろう』
あいつが一番気にかけていたお前にな。
そう言ってマックスがぼくにこれを渡した。
“彼”の銃を手にするのは二度目だろうか。
一度目は初めて彼に会った時だった。あの時は興味本位で銃を持たせてくれなんて彼に言ったぼくだけど。彼と一緒に行動することになって、銃とはかっこいいだけのものではなくて、本当に人が生き抜くために使っているものなんだと改めて知った。とても面白半分では持てるものではなかったのだ、と自分を恥ずかしく思ったこともあった。
“彼”はいつも玄関脇の高い棚にこの銃を置いていた。彼より身長の低いぼくの手が届かないような所に。彼はこの銃をぼくに触られたくなかったんだろう。それを察したたぼくは気づかぬふりをしてたけれど……。
「あの頃一日中あの部屋にいたんだぜ?普通気づくだろ」
ぼくは思わずひとりごちた。
ぼくがずっと気づかないとでも思っていたのだろうか。だとしたら“彼”も意外に間の抜けたところがあったのか、とぼくは一人でくすりと笑う。それともぼくがよっぽど抜けてるヤツだと思われてたのだろうか……。え?そうなんだろうか。
ぼくはベッドに寝転がり、仰向けになりながら手の中でその銃のシリンダーをカラカラと回して見せる。弾は銃創に一つを残して全て入っているようだった。
素人のぼくにでもわかる。この銃は使いづらそうだ。
リボルバーでしかも短身。
連続で撃ちづらいだろうし、銃身が短い分命中率も下がるだろう。
ぼくは天井のシミをめがけて拳銃を構えた。狙いをつける。もちろん撃つ気はない。
彼は何を思ってこの銃を使っていたのだろうか。
「ぶっそうだな」
誰かの声が聞こえて、ぼくは慌てて肘をついて身を起こした。そこにはスーツ姿のシンがいた。ぼくは思わずシンに問う。
「上海は」
「行かずにすんだ」
しまった。
ぼくはしくじったことに気付いた。今日シンからもらった時計はリビングのテーブルの上に置きっ放しだった。なのにぼくは“彼”の銃を手に持っている。シンはこの寝室に来る前にあの時計を見ただろうか。
「俺が以前渡した銃はあるのか?あっちのほうが使いやすいだろ」
シンがネクタイを緩めながらこちらへと歩いてきた。
以前、シンの組織のごたごたでぼくの身も危なくなるかもしれない事態になったことがある。護身用に持っておけ、と拳銃を渡された。素人でも扱いやすそうなオートマチック銃。
「あるよ」
シンはゆっくりとベッドに近づき、そこに腰掛け、ぼくの右手に彼の大きな手を伸ばした。ぼくのその手にはまだ“彼”の拳銃が握られていた。
「この銃はお前が使うのは無理だ」
シンがゆっくりとぼくの手から、“彼”の銃を剥がした。
「うん。そうだね」
ぼくたちは、ぼくがこの銃を使うわけがないことを知りながら、確信には触れずに話を続ける。
「お前ときたら、女でも使えるオートマチックですら土壇場で安全装置を外し忘れちまって、撃てなさそうだ」
「ひどいな」
「ホントの事だろ?」
以前、シンに銃をもらったその時に、射撃場に連れて行かれたことがある。ぼくの腕前を知りたかったそうだ。だけど数年ぶりに銃を持ったぼくは、その時ちょっと緊張していて、安全装置を外さず引き金を引こうとしてしまったのだ。シンは苦虫を潰したような顔になった。シンに言われて慌てて安全装置をはずして、そして人型の黒い的をめがけて数発銃を撃った後は、シンに頭を抱えさせてしまった。
的を全て外したのだ。
シンが運転する帰りの車の中で、二人とも終始無言だった。
車を降りる時にシンが、ぼくに護衛をつけると言った。もらった銃はどうすればいいかと尋ねると。『お守りにでもしておけ』と一言だけ言ったんだっけな。
銃を渡されたり護衛をつけられたりしたわりには何事もなく日々が過ぎたけど。
「きみにもらった銃は、言われたとおり、お守りとして大事にしているよ」
「それでいいさ」
お前にそれ以外の使い道なんてないだろう。とぼくをからかいながら、シンが大きな背を曲げてぼくに覆いかぶさってキスをする。
シンはこの銃が誰のものかわかっているんだろうか。もちろんわかっているんだろう。今日ぼくが誰に会ったとか、そしてだいたいどんなことを話したとか、彼はなんとなく知っているようだった。もちろん面と向かってお前にいつも監視を付けているなんて言われたことないけど。監視ってほどのものではないのかもしれないけど、華僑のネットワークはどうなっているんだろう。
でも、ぼくは監視をつけられても文句がいえないほど不安定な時があったんだ。NYを彷徨うように一人で写真を撮っていたぼくを見つけては、シンは何も言わずにそんなぼくに付き合ってくれた。
彼の手に渡った銃がサイドボードに置かれた。その音がコトリと響く。ぼくはそれまで銃を持っていた手をシンの首裏に回す。
ごめん。君からもらった時計が嬉しくなかったわけじゃないんだ。君を傷つけるなんて、そんなつもりじゃなかったんだ。
そんな思いを伝えるように、彼のキスに応えた。
✳︎
そして、今ぼくは時計を手にして寝転がっている。
あれからまたすぐにシンの携帯電話が鳴った。ぼくたちはまさに抱き合ってコトをすすめている最中だった。シンはしばらく呼び出し音を無視していたけど、とうとう中国語で短く悪態をついて電話にでた。そしてやはり中国語でなにやら話しているのでさっぱり内容がわからなかった。電源を切ったシンはとても申し訳なさげだった。
『悪りぃ。行かなきゃなんねぇ……』
『慣れてるよ』
だから気にせず行って来て、との意味を込めて他意なく答えたぼくにシンは眉を寄せて見せた。
『……お前。それ聞きようによっちゃぁすっげぇ嫌味に聞こえるぜ』
『え?だって』
本当に慣れてる…し、お互いもちろん仕事は大切だ。
『わかってるさ。明日の予定は?』
シンはため息をつきながら話題を変えた。
『銀行に行って、仕事に行ってかな』
『そうか。また連絡する』
そうして、ぼくの頬に軽くキスをした。
『プレゼント気に入ってくれたか?』
『もちろん。すぐに使わせてもらうよ』
シンはくしゃりと笑って去っていったのだ。
ベッドの上でシンを見送った後、ぼくはその場で起き上がってため息をついた。そしてサイドボードを見る。そこにはぼくたちの―― ぼくとシンの写真が飾られていた。昨年のぼくの誕生日にシンが写真を撮ろうといってシンが撮ったものだ。あの長い腕で思い切りコンパクトカメラを持つ手を伸ばし、自分達に向けてパシャリと撮った。ノーファインダーなのに上手く撮るな。とフィルムを現像した後ぼくは関心したものだ。それを思い出してぼくは思わず微笑む。そしてその写真立ての前に置かれままの”彼”の銃を手に取り、サイドボードの引き出しを開ける。そこにはすでにシンから貰った銃が入っていた。その奥にぼくはそっと“彼”の銃を入れた。そしてリビングに行ってシンからのプレゼントを手に取ってまたベッドに戻ってきたのだ。
「オールドSEIKOか」
中古だけど高いんだろうなぁ。とぼくはひとりつぶやく。中古といったら失礼か。アンティーク?でもそれほど古いタイプではないよな。その時計は、シルバーのバンドとシルバーの本体に、文字盤は黒味がかったネイビーブルーだった。かっこいい。しかも新品同然のきれいさだった。新古品?こういう世界はよくわからない。以前、編集の人で時計マニアがいて、仕事の打ち合わせをそっちのけで、彼の時計コレクションやらなんやらを語ってもらったことがある。ぼくは時計など動いていればなんでもいいタイプで、多分シンもそうなんだと思ってたけど……。いや。ぼくが使ってみたいって言ったんだっけ?記憶にないけど。
時計を腕にはめてみた。
あれ?この時計動いてないな。
時計をもう一度腕から外し、その裏側を見てみる。
電池がないのか切れてるのか。明日時計屋に行って見てもらうとするか。
時計の中には日付表示もあった。
文字盤の中央より右側に小さく表示されているカレンダーの日付はでたらめだった。
左側の西暦表示が随分と狂っていた。1987年?西暦が入ってる時計なんて珍しい。
新古品に見えるこの時計だが、実は以前に持ち主がいて、その人から手放された時に止まったまんまなのだろうか?
ぼくは取り敢えず時計の側面にいくつかあるダイヤルを回してみた。長針が少し回る。今何時なんだろう・・・。枕元にあるデジタル式の目覚まし時計を見てみる。0時12分?この目覚まし時計も時間が正確じゃないんだけどまぁいいか、とぼくは時間を合わせた。
また別のダイヤルを回して見る。今度は日付が代わった。どんどん日を遡っていく。今度は月が変わった。試してみたがダイヤルを逆には回せないようだ。一日ずつ戻っていくしかないこの仕組みに、なかなか面倒くさいものだな、とぼくはうんざりする。数ヶ月分もどったとき、ふと、ある日付でぼくの手が止まった。
1987年のこの日、ぼくは一度日本へ帰るために飛行機に乗ったんだ。
伊部さんに車椅子を押してもらって。そして、
そして、“彼”が図書館で―― 。
ぼくはサイドボードの引き出しを見つめた。先ほどあの中にいれた“彼”の銃を見つめるかのように。
胸が締め付けられるように痛む。
ぼくは時計を持った手を、痛む胸に押し当てた。
この日にきみが―― 。
時計を持つ手をぎゅっと握り、“あの日”から幾度となく考えたことをまた考える。
あの日に戻れるなら、ぼくは……。
だが戻れない。ぼくはわかっていた。どんなに願っても、求めても、探しても現実は変わらなかったんだ。
『お前が落ち着いて本当によかった』
これまで心配をかけた人達の顔が頭をよぎる。
ぼくは落ち着いたんだ。
現実を見れるようになったんだ。“彼”を忘れたわけじゃないけれど。
そうしてぼくはサイドボードから視線を外し、きつく目を閉じた。
※
そのままぼくは眠ってしまったんだと思う。
だけどここはあの中華街の店だった。いや?なにか雰囲気が違う。そうか店内の商品が時計ばかりなんだ、とぼくは気づく。
と思うとあちらこちらに掛けられた時計が鳴りはじめた。ボーンボーンとなるものや、ジリリリリと甲高く鳴り響く音、ピピッピピッという電子音もあった。そしてやっぱり暗い店内の奥のカウンターには店主らしい人が棚の整理をしていた。だが今は帽子を被っていなかった。しかもTシャツにジーンズだ。
店主がゆっくりとこちらを向いた。
「おやおや。ようこそいらっしゃーい」
明るい声の店主がにこやかにぼくに挨拶をしてきた。この声は・・・ぼくがよく知っている人物の声によく似ていた。決して忘れることのできない。顔、声。
「ショーター……?」
ぼくの声は少しかすれた。これは夢なんだろう。懐かしい声、ぼくは店主を改めて眺める。白いTシャツにサングラス。そしてスキンヘッド。
「ショーター?だれだそれは?お前にはそう見えるだけだ。俺様は聞いて驚け、時間の妖精でーす」
やっぱり夢か。
「こらこら。夢じゃねーって」
そのショーター……彼曰く時間の妖精に向かって、ぼくはハハハと笑って見せた。
「えーと。じゃぁぼくはこれで」
早目に目覚めたほうがよさそうだ。ぼくはそこでクルリときびすを返そうとした。
「まてまて。お前いい時計を持っているじゃねぇか」
「この時計?」
彼がぼくの右腕を指した。ぼくは夢の中なのにシンからもらった腕時計を巻いていた。そういえばこの時計を弄ってるうちに眠ってしまったんだっけ。
「お前その時計の使い方を知っているのか?」
「使い方?電池がないのか動かないんだ」
「電池?そいつは機械式時計だぜ?」
「機械式?」
「そうだ。ネジをある程度巻くと、後はお前が歩いた時の振動や手を降った時の振動を動力として、ネジを巻かなくてもずっと動き続けるのさ」
「へぇ」
なんだかわからないけどすごいんだろうな。
「だがその時計は、そいつ自体が頑固な意思を持っていて、ネジを巻こうが巻こまいが、お前が腕を降ろうが降ろまいが、動くか動かないかはそいつの気まぐれだ」
……つまりは壊れてるってことなんだろうか?
「しかし、喜べ。キミはその時計に選ばれし者!」
自称時間の妖精―― どう見ても悪ふざけているショーターにしか見えない―― はどんどん口調が芝居がかってきた。
「その時計は汝が望むがままの、時の彼方へ連れて行ってくれるであろう」
そろそろぼくは夢も見ずに熟睡したほうがいいのかもしれない。でもあんまり嬉しそうにお芝居をしているショーターにそっくりな人をムゲにすることはできなかった。ぼくはショーターが大好きだったんだ。
ため息をついた後、ぼくは時間の妖精に聞いてみた。
「つまり?」
「つまりってお前」
かわいくねーやつだ、とか、浪漫ってもんを知らないやつはこれだから、とか、彼がひとしきりブツブツと呟いた後、どうしてか気を取り直して、いきおいよくぼくに言い放った。
「つまり、そいつはタイムマシンだ!」
得意げに話す彼をマジマジと見ながらぼくはまた相槌を打つ。
「へぇ……」
全く信じてないぼくを見て、彼はやれやれと肩をすくめてみせる。
「信じてねーんだろ。まぁ仕方ねぇか。だがその時計の針を合わせた“時”にお前は跳ぶことができる」
突拍子もない事を言いはじめた彼にぼくは反論してみた。
「さっき合わせてみたけど何も起こらなかったよ」
「その時間まで“来て”ないんじゃないか?」
時計の針を見ると12時12分だった。もちろん短針も長針も動いていない。そう言えば、この時計を合わせる時に使ったデジタル時計って遅れてたっけ。先程ぼくがベッドの中で動かした時のままで腕時計の針は止っていた。
あれから眠ってしまってこの夢を見ているはずだけど、今は何時だろう?
「じゃぁ明日の0時12分になったらその……」
彼の言葉を信じていないぼくは言葉に詰まった。
「お前は時間を”跳べる”ってことだな」
“跳べる”?
いつへだろうか。一日前?二日前?
そんなぼくの思考を読んだのか彼はぼくの疑問に答えてくれた。
「そのカレンダーを合わせた日にさ」
カレンダー?そうか、この時計は西暦までついていたんだった。
西暦のネジはもらった時のまま触ってなかった。つまりカレンダーの月日はさっき、ネジを回していた時に“あの日”で止めたままだ。
ぼくが“彼”を図書館で永遠に失った日で。
「戻りたい日があるんだろう?」
彼は何かを含めたような声を出した。サングラス越しの彼の瞳は読めなかった。
そしてそのショーターにそっくりな男はぼくにむかって、時計の注意事項をうれしそうに話し始めた。
だけど、不思議な事に夢の中なのにぼくは眠くなってしまって、そこから彼の話を全く聞いていなかった。
―― この時、このショーターみたいな男の話を信じてもっとよく聞くべきだったんだ。ぼくはすぐに後悔することになった。
続く
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